コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

北陸本線 ほくりくほんせん

6件 の用語解説(北陸本線の意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

北陸本線
ほくりくほんせん

北陸地方を縦貫する幹線鉄道。 JR西日本東海道本線米原駅を起点に敦賀,福井,金沢,富山を経て直江津にいたる。全長 353.9km。 1884年長浜-敦賀が開通し,1913年全通。第2次世界大戦後,滋賀,福井県境の急勾配区間を避けて,深坂トンネル (1957開通) ,および北陸トンネル (62開通) 回りの新線が建設された。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉の解説

ほくりく‐ほんせん【北陸本線】

滋賀県の米原(まいばら)から福井金沢富山を経て直江津に至るJR線。大正2年(1913)全通。全長353.9キロ。

出典|小学館 この辞書の凡例を見る
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

百科事典マイペディアの解説

北陸本線【ほくりくほんせん】

米原(滋賀県)〜金沢(石川県)間のJR線。営業キロ176.6km。1882年長浜〜本ノ木間の開業に始まり1913年全通。1969年全線電化。関西と福井,金沢,富山など北陸地方の諸都市を結び,日本海縦貫路線の一環をなしていたが,2015年3月に北陸新幹線の長野〜金沢間が開業したことに伴い,路線が並行する金沢〜倶利伽羅間はIRいしかわ鉄道に,倶利伽羅〜市振間はあいの風とやま鉄道に,市振〜直江津間はえちごトキめき鉄道にそれぞれ分割・移管されて距離も短縮された。
→関連項目IRいしかわ鉄道[株]あいの風とやま鉄道[株]えちごトキめき鉄道[株]長浜[駅]福井[県]

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. ご提供する『百科事典マイペディア』は2010年5月に編集・制作したものです

世界大百科事典 第2版の解説

ほくりくほんせん【北陸本線】

東海道本線米原駅から敦賀,福井,金沢,富山をへて信越本線直江津駅に至る353.9kmのJR西日本線。ほかにJR貨物に属する敦賀~敦賀港間2.7kmの貨物支線がある。琵琶湖北岸の塩津または海津と北陸地方とを結ぶ街道は古代から重要な街道となっており,明治初期から鉄道建設の重要性が認識されていた。1871年には大阪~京都間,京都~大津間等とともに線路の測量が開始され,80年4月長浜,敦賀の両側から工事が開始され,82年3月まず長浜~木ノ本間が開業,84年4月敦賀まで延長された。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

大辞林 第三版の解説

ほくりくほんせん【北陸本線】

JR 西日本の鉄道線。米原・直江津間、353.9キロメートル。信越・羽越・奥羽の各本線と結んで日本海岸縦貫線を形づくる。

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

北陸本線
ほくりくほんせん

西日本旅客鉄道の線路名称。米原(まいばら)(滋賀県)―金沢(石川県)間176.6キロメートル。全線複線、電化(交流。米原―敦賀(つるが)間は直流)。2015年(平成27)の北陸新幹線長野―金沢間延伸までは、米原―直江津(なおえつ)(新潟県)間の353.8キロメートルが北陸本線で、北陸地方の海岸部を縦断する幹線鉄道(日本海縦貫線)として、福井、石川、富山各県と新潟県西部の主要都市を結んだ。1882~1884年(明治15~17)および1889年に東海道線の支線として米原―金ヶ崎(かねがさき)間が開業し、1896~1899年敦賀―富山間、1908~1913年(明治41~大正2)富山―直江津間が開業した。第二次世界大戦前後に富山を中心とする工業地域が成立し、また1950年代以降における北陸3県の経済活動の活発化と各県庁所在都市の発展によって、北陸本線の輸送需要も高まり、輸送上のネックとなっていた25‰(パーミル)の急勾配(こうばい)区間の解消、電化、複線化が急速に進んだ。木ノ本(きのもと)―敦賀間、敦賀―今庄(いまじょう)間の急勾配区間はそれぞれ深坂トンネル(長さ5170メートル、1957年開通)、北陸トンネル(長さ1万3870メートル、1962年開通)などの長大トンネルの開削によって解消し、糸魚川(いといがわ)―直江津間の地すべり地帯も頸城(くびき)トンネル(長さ1万1353メートル)など6本のトンネルによって線路の改良と複線化が行われた(1969年開通)。1957年(昭和32)に田村―敦賀間が日本における最初の幹線交流電化区間として開通し、1962~1969年に敦賀以北の全区間の電化を完了した。複線化も1969年までに完成した。1974年、湖西(こせい)線山科(やましな)―近江塩津(おうみしおつ)間が開業すると、京阪地方と北陸地方との間に直通する列車はすべて同線経由となり、湖西線は事実上北陸本線の短絡線・バイパス線としての機能をもつに至っている。改良された現在の北陸本線は在来線としてはもっとも高速運転に適した路線として整備されており、特急「サンダーバード」「しらさぎ」などが走る。京阪神地区との直通運転の利便性を高めるため、1991年(平成3)9月に田村―長浜(ながはま)間、2006年10月に長浜―敦賀間が直流電化に転換された。
 なお、2015年3月、北陸新幹線の長野―金沢間が延伸したことに伴って、金沢―倶利伽羅(くりから)間はIRいしかわ鉄道、倶利伽羅―市振(いちぶり)間はあいの風とやま鉄道、市振―直江津間はえちごトキめき鉄道へとほぼ各県ごとの第三セクターに移管された。[青木栄一・青木 亮]
『南正時編著『JR全路線なるほど事典 鉄道を旅する』(2003・実業之日本社)』

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

北陸本線の関連キーワード金谷中央本線東海道本線御殿場線身延線近江鉄道本線彦根・多賀大社線近江[町]米原[町]北陸新幹線の敦賀以西

今日のキーワード

日本政策投資銀行

1999年に日本開発銀行と北海道東北開発公庫を統合し、発足した政府系総合政策金融機関。一般の金融機関が行なう金融などを補完・奨励し、長期資金の供給などを行ない、日本の経済社会政策に金融上で寄与していく...

続きを読む

コトバンク for iPhone

北陸本線の関連情報