中国思想史の用語。事物の道理を追究すること。窮理(きゆうり)ともいう。窮理はもと《易》説卦(せつか)伝に〈理を窮(きわ)め性を尽くし以て命に至る〉とあるのに由来する。格物致知は《大学》の語。しかし,これらの語が注目され,思想史の表舞台に登場するのは宋代に入ってからである。程頤(ていい)(伊川)は窮理と格物を結びつけ,一事一物の理を窮めてゆけば,やがて〈脱然貫通〉するに至ると述べた。彼を継承した南宋の朱熹(しゆき)は,《大学》にはほんらい格物致知の解説があったはずだと考え,自己の意をもって《格物補伝》を補った。彼によれば,格は〈至る〉,物は〈事〉と同義,致知は,既知の知識を土台にして窮極のところまで推し窮めてゆくこと,とされる。そして彼は,この格物窮理を居敬(心の修養)とセットにし,完全な人格(聖人)に至るための方法論として確立した。近年,自然学の諸分野(宇宙論,天文学,気象学,化学,地理・地図学,生物学)における彼の卓越した見解が再評価されつつあるが,これも彼自身の格物の成果である。のちに,博物学は格致と呼ばれるようになり(清代に《格致鏡原》という本が編まれている),19世紀後半,欧米の科学技術が中国に入ってきたとき,科学にもまた格致や格物という語があてられ,軍艦や鉄砲などの生産技術は伎芸や製造と呼ばれた。また,アメリカのW.A.P.マーティンは,丁韙良(ていいりよう)という中国名で自然科学の概説書《格物入門》(1868)をあらわしたし,中国における最初の理科専門学校の名は格致書院(1875創設)であった。日本では格物・格致より窮理の語が用いられたようである(帆足万里《窮理通》など)。
しかしながら,朱子学における格物窮理を今日風の科学的思考とみなすのは早計である。そこでは,格物は聖人に至るための手段であり,格物それ自体が目的なのではない。しかも物は事(人倫関係)に置き換えられており,倫理的性格が濃厚である。また,窮理の対象は主として経書であって(そこには聖人によってすでに窮められた理が蔵せられているとする),かならずしも事物との直接的な対決が求められているわけではない。さらに,一事一物の窮理を積み重ねてゆくと,突如豁然(かつぜん)貫通(一種のさとり)の瞬間が訪れるという。つまり,科学的認識と宗教的体験が分けられていないのである。また,外物の理を認識しうるのは心の中に同じ理が備わっているからだという前提があるから,格物は同時に心の凝視となる(この内面化の道を徹底させたのが明の王陽明である)。要するに,主観と客観が分化されていない。このような認識論は近代的思惟から見ればいちじるしく奇異に映るが,しかしここに安易な価値判断をもちこむべきではない。それは,ヨーロッパ的知性に対する,もうひとつの知のあり方なのである。
執筆者:三浦 国雄
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中国哲学の用語。『大学』に、学問(儒学)の規模を、格物、致知、誠意、正心、修身、斉家(せいか)、治国、平天下の8段階(朱熹(しゅき)のいう八条目)に整理して示した。その最初の2項目である。この語の解釈には諸説があり、とくに宋(そう)代以後『大学』が四書の一つとして重視されるにつれて、儒学者の間で多くの異説を生じた。それらのうちもっとも重要なのは宋の朱熹(朱子)と明(みん)の王守仁(しゅじん)(陽明)の説である。朱熹は程頤(ていい)の説を継承し、格は至る、物は事物、致は推し極める、知は知識の意であるとし、格物とは、事物に至る、つまり事物にはそれぞれその事物の理があるので、一事一物の理を十分に窮め知ること、致知とは、知識を推し極める、あらゆる事物の理を知り尽くすことであるとした。したがって格物致知は彼の説いた「窮理」と同じことになる。
王守仁はこの解釈に反対し、格は正す、物は意の所在(意志の対象つまり行為)、知は良知(是非(ぜひ)善悪を判別できる先天的な知力)をいうとし、格物とは、意の所在を正しくする、つまり正しい行為をすること、致知は、彼の説く「致良知(ちりょうち)」と同じで、良知の判断を行為のなかに実現する(良知が是と判断したことはそのとおりに行い、非としたことは行わない)ことであるとした。この解釈によれば、致知の結果がすなわち格物ということになる。この格物致知の解釈の相違は、知的理解を重視する朱子学と、実践を重んずる陽明学の性格の相違を端的に示すものである。
[湯川敬弘]
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…(6)認識論 事物に宿る理を追求すること。〈窮理〉または〈格物致知〉という。しかし,ヨーロッパ的な認識論とは異なり,一事一物の窮理を積み重ねてゆくと,突如〈豁然貫通(かつぜんかんつう)〉(一種のさとり)が訪れるという。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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