桐生[市](読み)きりゅう

百科事典マイペディアの解説

桐生[市]【きりゅう】

群馬県東部の市。1921年市制。足尾山地の南西麓,渡良瀬川と支流の桐生川流域及び赤城山東方の山地一帯を占める。両川の合流点にある中心市街は,中世末期以来の絹と織物の市場町で,近世には桐生絹市が開かれ,絹織物が幕府の保護を受けるに及んで著しく発展。第2次世界大戦後は帯地,御召,服地,服裏地などの生産が多く,海外でも高い評価を得ているが,停滞傾向にある。代わって一般機器,電気機器工業が発展,市の製造品出荷額の約6割(2001)を占めるようになった。両毛線,東武桐生線が通じ,わたらせ渓谷鉄道,上毛電鉄の起点。2005年6月勢田郡新里村,黒保根村を編入。東日本大震災で,市内において被害が発生。274.45km2。12万1704人(2010)。
→関連項目桐生織物両毛線

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世界大百科事典 第2版の解説

きりゅう【桐生[市]】

群馬県東端部にある機業都市。1921年市制。人口12万0377(1995)。中心市街地は渡良瀬川北東岸の段丘上にあり,支流の桐生川の谷口集落である。南北朝の初期,桐生国綱が市街地北方の檜杓(ひしやく)山に桐生城を築いたが,城下の繁栄はみられなかった。近世初期には桐生天満宮の社前から南方へ桐生新町が計画的に造成され,17世紀初めには絹市が開かれて桐生織物の基礎が確立した。染色,洗浄に適した桐生川の水や,周辺の養蚕・製糸地帯をひかえ,北関東機業地域の中心地となり,明治・大正から昭和の初めにかけて著しく繁栄した。

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世界大百科事典内の桐生[市]の言及

【足利織物】より

…関東各地の織物産出は《続日本紀》によって奈良朝以前までさかのぼりうるが,栃木県の足利が織物産地として名をなすのは18世紀半ば,とりわけ高機(たかばた)が普及した18世紀末以後のことに属する。先進地桐生(桐生織物)と同じ高級絹織物のほか大衆的な絹綿交織物と綿織物を盛んに生産し,19世紀に入ると桐生を離れて独自の市を開設した。桐生側は対抗措置を講じてこれらの動きを抑えようとするが,かかる抗争を伴いつつも,他面では国や県の区画をこえて両者の間には織物の業者組織や技術や売買等に関する相互浸透があった。…

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