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梁漱溟 りょうそうめい Liang Shu-ming

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

梁漱溟
りょうそうめい
Liang Shu-ming

[生]光緒19(1893).9.9. 北京
[没]1988.6.23.
中国の思想家。初め仏教を研究,北京大学インド哲学を講じたが,1922年『東西文化及びその哲学』を発表,以後実践活動に移り,29年河南村治学院,翌年山東郷村建設研究院を創設,郷村建設活動を指導。

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デジタル大辞泉の解説

りょう‐そうめい〔リヤウ‐〕【梁漱溟】

[1893~1988]中国の思想家。広西省の人。「東西文化および哲学」を著し、中国の伝統思想を称揚、次いで、理想的農村建設運動を実践。民主同盟創立に参加。新中国成立後、中国人民政治協商会議全国委員。リアン=シューミン。

リアン‐シューミン【梁漱溟】

りょうそうめい(梁漱溟)

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百科事典マイペディアの解説

梁漱溟【りょうそうめい】

中国の哲学者・教育家。広西省桂林の出身。中国同盟会に参加。1917年,北京大学でインド哲学を講義。24年,北京大学を離れ,河南村治学院教務主任に就任。31年,山東郷村建設研究院を創設し院長を務め,農村建設運動を提唱。

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世界大百科事典 第2版の解説

りょうそうめい【梁漱溟 Liáng Shù míng】

1893‐1988
中国の哲学者,教育者。広西省桂林の出身。北京大学でインド哲学を講じたが,農村復興を志し,河南村治学院の教員兼教育長となり,翌年には山東郷村建設研究院で〈郷村建設運動〉にとりくんだ。共和国成立後,1951年の中国人民政治協商会議に委員の一人として出席したが,55年にかつての〈村治〉理論が批判され,翌年2月の政協全体会議で自己批判を行う。著書に《東西文化及其哲学》その他がある。【山田 敬三】

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大辞林 第三版の解説

りょうそうめい【梁漱溟】

1893~1988) 中国の哲学者・社会運動家。中国文化を擁護・復興する立場から郷村自治運動に専念。著「東西文化とその哲学」。リアン=シューミン。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

梁漱溟
りょうそうめい / リヤンシューミン
(1893―1988)

中国の思想家。広西省出身。1917年以後北京(ペキン)大学でインド哲学を講義。1922年に出版した『東西文化および哲学』は西洋およびインドの思想を批判して中国の伝統思想を称揚した。1924年以後「新儒教主義」の立場から山東省で郷村建設運動を試み、ついで河南省でも村治学院を創設、理想的な農村建設と教育に取り組んだ。日本の権藤成卿(ごんどうせいけい)ら郷村運動の一派と意見を交換したこともある。新中国成立後、中国人民政治協商会議全国委員。農業合作化に反対して、その「村治」理論が批判された。のち中国文化書院の主席。[安藤彦太郎]
『野村浩一・近藤邦康・村田雄二郎編『新編 原典中国近代思想史 第5巻――国家建設と民族自救』(2010・岩波書店)』

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世界大百科事典内の梁漱溟の言及

【東西文化論争】より

…それに対して,第1次大戦の傷跡の大きさを目撃,ヨーロッパでも〈西洋の没落〉が論じられだしたことをうけて,西洋文化の物質偏重を排し東洋の精神文化を見直そうという声が,胡適らの〈全面的西洋化〉論に反発する伝統主義者のなかからあがった。欧州の旅から帰国し科学の破産を叫んだ梁啓超の《欧遊心影録》(1919)を端緒に,辜鴻銘(ここうめい)は東洋文明こそがよりよき人間をつくると説き,北京大学でインド哲学を講じた梁漱溟は《東西文化及其哲学》(1922)を書いて,中国文化,インド文化によって西洋文化の弊害を救おうと主張し,〈東方に帰れ〉と述べた。23年以降,この論争は,科学万能主義に反対する張君勱(ちようくんばい)と科学を重視する丁文江らによる〈科学と人生観〉の論争にひきつがれた。…

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