橘寺(読み)たちばなでら

百科事典マイペディアの解説

橘寺【たちばなでら】

奈良県高市郡明日香(あすか)村にある天台宗の寺。上宮王院とも。聖徳太子建立七ヵ寺の一つ。太子の生地と伝え,太子が606年にこの寺で勝鬘(しょうまん)経を講じたと伝える。鎌倉期までは堂塔伽藍(がらん)が整っていたがその後衰退し,明治維新前後に復興。1953年―1957年の発掘調査で四天王寺式の伽藍配置であることが分かった。聖徳太子座像,日羅像等が著名。
→関連項目明日香[村]

出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報

デジタル大辞泉プラスの解説

橘寺

奈良県高市郡明日香村にある天台宗の寺院、仏頭山上宮皇院菩提寺の俗称推古天皇時代、聖徳太子が自身の生誕地に創建したなどの説があるが、実際の創建年は不詳。

出典 小学館デジタル大辞泉プラスについて 情報

世界大百科事典 第2版の解説

たちばなでら【橘寺】

奈良県高市郡明日香村にある天台宗の寺。正式には仏頭山上宮皇院(じようぐうおういん)菩提寺といい,通称橘寺または橘樹たちばな)寺と呼ばれる。聖徳太子建立7ヵ寺の一つ。606年(推古14)太子が勝鬘(しようまん)経を講じたとき,蓮華が降ったので寺を建てたと伝える。763年(天平宝字7)に封50戸,795年(延暦14)に稲2000束を施入されて,かなりの規模を有したようで,平安中期には大講堂,金堂,塔,灌頂(かんぢよう)堂,太子殿などの堂舎が存した。

出典 株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について 情報

大辞林 第三版の解説

たちばなでら【橘寺】

奈良県明日香村にある天台宗の寺。正式名は仏頭山上宮院菩提寺。聖徳太子生誕の地で、また太子が勝鬘経しようまんぎようを講じたところと伝えられる。現在の堂宇は1864年再興のもの。

出典 三省堂大辞林 第三版について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

橘寺
たちばなでら

奈良県高市(たかいち)郡明日香(あすか)村にある寺。仏頭山上宮院菩提寺(ぼだいじ)の俗称。天台宗に属する。聖徳太子誕生地と伝えられ、606年(推古天皇14)聖徳太子が推古天皇のために『勝鬘経(しょうまんぎょう)』を講ぜられたとき、天から蓮華(れんげ)を降らせた奇瑞(きずい)にちなんで創建されたといわれる。聖徳太子建立七か寺の一つに数えられ、盛時には諸堂完備し、宝物も多くあったが、681年(天武天皇10)被災、中世はことに衰え、1864年(元治1)ようやく現在の堂宇を復興した。
 承暦(じょうりゃく)年間(1077~81)宣旨により寺宝の玉虫厨子(たまむしずし)、金銅四十八体仏などを法隆寺に移した。境内(史跡)には参道わきに塔礎石が残り、二面石とよばれる石像が太子殿の左方にある。文化財も多く、日羅(にちら)像といわれる平安初期の木像、土佐光信(みつのぶ)筆という『太子絵伝』などが国の重要文化財に指定されている。[若林隆光]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

精選版 日本国語大辞典の解説

たちばな‐でら【橘寺】

奈良県高市郡明日香村橘にある天台宗の寺、菩提寺の別称山号は仏頭山。聖徳太子誕生の地で太子創建の七寺の一つと伝えられる。古くは六十六の堂塔をそなえた大寺であったが中世以降は衰微し、江戸時代初期には講堂を残すだけとなった。現在は元治元年(一八六四)再興の本堂(太子殿)・経堂・観音堂・護摩堂などがある。志度道場。橘樹(たちばな)寺。

出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報

今日のキーワード

タピオカドリンク

中国茶や紅茶などに球状のタピオカを入れた台湾発祥の飲料。「タピオカティー」とも呼ばれ、米国やアジア諸国で人気を集めている。日本では1990年代に台湾のチェーン店が進出して以来、若い女性を中心に幾度もブ...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android

橘寺の関連情報