日本古代の氏の由来・職務,朝廷での功績などを記録したもの。5~6世紀には,すでに祖先以来の氏の系譜を記したものがあったことは,埼玉古墳群の稲荷山古墳より出土した471年と考えられる辛亥年の剣銘に,乎居臣(おわけのおみ)の祖先からの竪系図が記録されていることからもわかり,これは天皇家の系譜である帝紀(ていき)の成立と軌を一にすることが知られる。しかし,それらが具体的に明確になるのは,天智・天武朝からで,《日本書紀》や《古事記》の材料として,族譜は利用された。8世紀に入ると,天平宝字末年(760年代)の〈氏族志〉,799年(延暦18)の〈氏族本系帳〉など,中央・地方の氏族の系譜の提出がもとめられた。これらが《新撰姓氏録》の基礎となったが,氏文もその一つである。平安時代に提出された《高橋氏文》は,伝統的な氏である膳(かしわで)氏が高橋朝臣と改姓されてから,安曇(あずみ)氏に対する自己の氏の由来をまとめたもので,《古語拾遺》も,斎部(いんべ)氏が中臣(なかとみ)氏に対して,みずからの立場を主張した氏文と考えてよい。ほかに《丹生祝氏文(にうはふりうじぶみ)》なども残っている。
→本系帳
執筆者:平野 邦雄
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
古代において氏族の由来や職務・祖先の功績などを記した文書。墓記(ぼき)、本系帳(ほんけいちょう)なども類似の文書である。『日本書紀』成立以降、奈良時代後半から平安時代初期に朝廷が諸氏に系譜の提出を求め、『氏族志(しぞくし)』などの編纂を企図し、諸氏は自己の立場を主張するために氏文を提出した。この事業は815年(弘仁6)に『新撰姓氏録(しんせんしょうじろく)』として結実する。氏文という名称では「高橋氏文」が唯一の現存史料で、これは諸書に逸文として残る。その内容は内膳司(ないぜんし)に奉仕する高橋氏(膳(かしわで)氏)が安曇(あずみ)氏との論争で、自家の由緒を記して朝廷に提出したものである。また斎部(いんべ)(忌部)氏が中臣(なかとみ)氏を非難し、自家の立場を主張した『古語拾遺(こごしゅうい)』には『古事記』『日本書紀』とは異なる古伝承も掲載されている。その他、『中臣氏延喜本系帳』『多米(ため)氏本系帳』『鴨県主(かものあがたぬし)本系』などが残存している。
[森 公章]
『佐伯有清著『新撰姓氏録の研究 研究篇』(1963・吉川弘文館)』▽『斎部広成著、安田尚道・秋本吉徳校注・解説『古語拾遺 高橋氏文』(1976・現代思潮社)』
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