中国古代、甘粛(かんしゅく)省南部から陝西(せんせい)省南部にかけて(中心は武都、略陽)多くの部族に分かれて分布したチベット系の半農半牧の少数民族。五胡(こ)の一つ。紀元前111年に前漢の武帝が氐族を攻撃して武都郡を設置して以降、中国の郡県に包含され支配されたが、その屈辱的差別的扱いに対し、しばしば反抗して民族自立の動きを示した。紀元後3世紀になると斉(せい)氏、楊(よう)氏、苻(ふ)氏などの有力氏族が現れ、296年には斉万年(まんねん)が抑圧された関中地方の少数民族を糾合して晋(しん)王朝に反し、皇帝と称した。この反乱は3年後に鎮圧されるが、4世紀初頭、五胡十六国時代に突入すると、少数民族の自立運動が活性化し、氐族も351年には苻健(ふけん)が長安で前秦(ぜんしん)を建国し、甥(おい)の苻堅は376年に華北を一時統一した。また、西域(せいいき)遠征の帰途涼(りょう)州にとどまって386年に後涼を建国した呂光(りょこう)も氐族の出身である。
[佐藤智水]
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中国西北辺の陝西(せんせい)西部,甘粛南部にいた半農耕・半遊牧のチベット系民族。2世紀頃より現れ,五胡十六国時代には楊氏(ようし),苻氏(ふし),呂氏(りょし)などが出て,苻健は前秦,呂光は後涼を建てたが,隋以後衰えた。
出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報
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…秦・漢では雲南をはじめ貴州・四川西南地域の夜郎や昆明などの部族を〈西南夷〉とよんだ。《史記》西南夷伝には,彼らはみな氐(てい)の類だとあるが,氐のほか百越,百僕の族群が考えられる。漢の武帝はこの地域に益州郡を設け,ほかに牂牁(しようか)郡,犍為(けんい)郡,越嶲(えつすい)郡をおいた。…
…4世紀初頭より約1世紀半,中国華北に分立興亡した国家群,あるいはその時代をいう。主権者の多くは五胡すなわち匈奴(きようど)・羯(けつ)(匈奴の一種)・鮮卑(せんぴ)(東胡系)・氐(てい)(チベット系)・羌(きよう)(チベット系)の非漢族で,これまでの漢族による中国統治の流れを大きく変えた時代である。また牧畜・狩猟民族と農耕社会との接触が深まり,それが政権の形成にまで発展した,文化史上特色ある時代である。…
…このうちのヒマラヤ山脈沿いの南縁とその北東に伸びた延長線上の南北に走る渓谷,および青海以南の四川省西縁の土地に住する民族がチベット人である。漢文史料で〈氐(てい)〉とか〈羌(きよう)〉と呼ばれていたものが古い時代のチベット系民族であるともされるが,確かではない。隋の時代にその存在が漢土に伝えられ,唐代に〈吐蕃(とばん)〉と呼ばれたのは,このチベット人が建てた最初の統一王国であった。…
※「氐」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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