浮浪逃亡(読み)ふろうとうぼう

改訂新版 世界大百科事典 「浮浪逃亡」の意味・わかりやすい解説

浮浪・逃亡 (ふろうとうぼう)

日本古代律令体制のもとでの本籍地離脱者をさす法律用語。当時の人々は戸籍計帳に登録され,その本籍地(本貫)に居住せしめられたが,きびしい規制のもとでも,本籍地を離脱して流浪したり他所に居住したりする者があった。両者をあわせて〈浮逃〉とも略称される。通説見解では,律令本来の規定としては,本籍地を離脱した者のうち,他国にあって課役を全部出す場合が浮浪であり,課役を出さない場合が逃亡であるが,現実政治の上では両者はしばしば混同されて扱われた。律令政府は〈浮逃〉に対して厳罰をもってのぞみ,可能なかぎり本籍地への送還をおしすすめたが,715年(霊亀1)に発せられた格によって,それぞれの現住地において戸籍に登録し,そこで課役を負担させるという,実情にあわせた政策に転換したとされている。こうした通説に対して,浮浪と逃亡の違いは課役負担の有無にあるのではないという批判がよせられている。この見解によれば,逃亡とは本籍地や任務先からの不法な離脱行為一般をさし,浮浪とは逃亡あるいは任務解除後帰還せず他所に留住する結果として,本籍地をはなれた状態をいうのであって,本籍地から離脱して他所に所在するというひとつの行為が,本籍地からは逃亡,所在地からは浮浪と把握されることになる。また715年の格も,現住地主義ではなく本籍地への帰還をうながそうとする政策をいっそう強化したものとみる説,戸籍への登録はあくまでも本籍地において行いつつ,課役は現住地で徴収するという政策を示すとみる説などが,それぞれ見解を異にしつつ通説との対立をみせている。

 このような〈浮逃〉発生の原因は,基本的には一般民衆が律令政府によるきびしい賦課にたえがたくなり,それからのがれようとすることにある。しかし,なかには有力農民と思われる者の〈浮逃〉という例もあって,単純に生活苦一色でぬりつぶしてしまうわけにはいかない。生産拡大をめざす積極的移住もまた法律上の把握では〈浮逃〉とされるからである。このような意味での〈浮逃〉は,単なる不法行為であることを超えて,班田制や調庸制に基礎づけられた生産体系とは異なる,新しい生産のあり方を生み出すことによって,律令制そのものを変質させる力ともなっていったのである。平安時代に入ると,〈浮浪人の長〉や〈富豪浪人〉などとよばれる有力者が出現した。彼らは農業経営を拡大し,富を蓄積した。この段階にいたり,律令政府は,機械的な帰還促進策ではなく,〈土人(本貫に在る者),浪人を論ぜず〉,その保有する富に着目する政策に転換せざるをえなくなるのである。生活苦から発しようと,経営拡大要求から発しようと,〈浮逃〉は律令政府の足もとを掘りくずしたのである。
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