出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
京都市上京区にある浄土宗の大本山。浄華院(じようけいん)と略称。寺号,山号はない。清和天皇の勅願で円仁(えんにん)が開いた禁裏内道場に始まり,法然(ほうねん)が中興したと伝えるが,14世紀初頭の浄花房証賢(向阿(こうあ))を事実上の開山と考えるべきである。浄土宗一条派の拠点として栄え,万里小路(までのこうじ)家など,公家の帰依を得て,皇室との関係を深めた。応仁の乱の後は,寺運ふるわず,とくに17世紀初頭に金戒光明寺(こんかいこうみようじ)が多数の末寺を伴って独立したため,やや衰えた。しかし,禁裏内道場という由緒を誇るだけに,境内には江戸時代の皇族の陵墓が多い。寺宝に《泣不動縁起(なきふどうえんぎ)》(室町時代,重要文化財)などがある。
執筆者:中井 真孝
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
京都市上京(かみぎょう)区寺町通広小路上ルにある寺。浄土宗四大本山の一つ。浄華院と略称する。860年(貞観2)、清和(せいわ)天皇の勅願により慈覚大師円仁(えんにん)を開山として、鎮護国家を祈願するために御所の内に創建された。初め天台、真言(しんごん)、仏心、戒律の四宗兼学であったが、後白河(ごしらかわ)法皇が十二光院を増建して、その住持に法然(ほうねん)(源空)を補してから浄土宗となった。天正(てんしょう)年間(1573~92)に豊臣(とよとみ)秀吉が多くの寺院を洛外(らくがい)に移すに伴って現在地に移建。その後も数次の火災で焼失したが、そのたびに皇室の加護を受けて再建された。皇室の恩顧厚かったため、清和、村上(むらかみ)両天皇の尊像や、その他多くの皇族の霊牌(れいはい)を祀(まつ)る。寺宝に紙本着色泣不動縁起(なきふどうえんぎ)1巻などがある。
[森 章司]
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