改訂新版 世界大百科事典 「熱素説」の意味・わかりやすい解説
熱素説 (ねっそせつ)
caloric theory
カロリック説ともいう。熱の本性を特殊な物質的実体としてとらえようとする理論で,18世紀後半から19世紀にかけて,エネルギー理論が確立するまで,熱現象の解明に一つの役割を果たした。熱現象に関する科学的関心は,17世紀に温度計が開発されて,急速に高まった。18世紀にJ.ブラックが比熱と潜熱を発見して温度(熱さの度合)を熱そのものから区別したことがきっかけとなり,熱自体の量を計ろうとする試みが一般化した。このとき,熱の移動に伴って,その量が保存されると考えられたことから,ブラックは,熱を一種の物質とみなした。この点を明確にしたのはフロギストン説を批判したA.L.ラボアジエであった。
ラボアジエは1789年の《化学要綱》で〈熱素calorique(フランス語)〉を一つの元素とみなし,それが一定の熱量を担い,物質と結合し(潜熱),あるいは独自には熱として現れると考えた。こうした熱素は,熱機関の理論などの展開のなかで,一種の流体としてもとらえられた。摩擦熱の発生(例えばランフォード)などから,熱物質説自体に対する批判も生まれ,熱運動説,熱波動説(それらは,熱物質説,つまり熱素説への対抗である場合も,あるいは熱素説の一つの解釈といえる場合もあるが)なども共存したが,19世紀半ばまでは,熱素説は熱現象解明のための最も洗練された理論であった。熱力学がR.クラウジウスらの手で確立される過程で,初めて熱素説は捨てられることになった。
→温度 →熱
執筆者:村上 陽一郎
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報