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牧野英一 まきの えいいち

美術人名辞典の解説

牧野英一

刑法学者。岐阜県生。東大卒。東京地裁判事・検事を歴任し、東大教授となる。その間、独・伊・英に留学し、刑法改正調査委員会・法制調査会委員・中央公職適格審査委員長を務める。学風目的刑主義主観主義の体系化を説くもので戦前の刑法改正作業を戦後に引き継いだとして評価される。文化勲章受章。著書に『日本刑法』『刑法総論』等がある。昭和45年(1970)歿、92才。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

牧野英一 まきの-えいいち

1878-1970 明治-昭和時代の刑法学者。
明治11年3月20日生まれ。東京地裁判事などをへて,大正2年母校東京帝大の教授となる。主観主義刑法理論と教育刑論にもとづく刑法理論を主張し,おおくの立法に関与。昭和21年貴族院議員。25年文化勲章。弟に政治家牧野良三。25年文化勲章。弟に政治家牧野良三。昭和45年4月18日死去。92歳。岐阜県出身。著作に「日本刑法」「刑法研究」。

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世界大百科事典 第2版の解説

まきのえいいち【牧野英一】

1878‐1970(明治11‐昭和45)
刑法学者。飛驒高山に生まれる。1903年東京帝国大学卒業。07年同大学助教授,10年より13年までヨーロッパに留学し,F.vonリスト,E.フェリ師事,13年教授となる。38年定年退官。1936年学士院会員,46年貴族院議員,50年文化勲章受章。日本に新派刑法学の主張を持ち込み,〈学派の争い〉においては新派の闘将として論陣を張った。その特徴は主観主義的刑法理論と教育刑論にある。刑事責任の基本は犯罪反復のおそれ,行為者の性格の危険性にあると考え,犯罪を犯人の悪性の徴表であるとし,これに対して社会は防衛の方法を講ずべきであるとした。

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大辞林 第三版の解説

まきのえいいち【牧野英一】

1878~1970) 刑法学者。岐阜県生まれ。東大教授。リストの目的刑の理論を受けて、教育刑主義を唱えた。著「日本刑法」「法理学」など。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

牧野英一
まきのえいいち

[生]1878.3.20. 岐阜
[没]1970.4.18. 神奈川
日本の代表的刑法学者。 1903年東京大学を卒業後,06年同大学の刑法講座を担当した。 10年からヨーロッパに留学し,F.リストや E.フェリに師事した。その後,師以上に近代派刑法学を徹底し,主観主義刑法理論を完成した。また刑事政策の領域でも教育刑論を主張し,矯正実務に顕著な貢献をした。さらにフランス法の影響のもとに自由法論を推進し,法社会学先駆となる業績も残した。 38年東京大学を定年退官後も意欲的研究活動を続け,『刑法研究』 (20巻) をはじめ,民法に関するものも含めおびただしい著作を発表した。主著に『刑事学新思潮と新刑法』 (1909) ,『日本刑法』 (16) がある。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

牧野英一
まきのえいいち
(1878―1970)

刑法学者。明治11年岐阜県高山市に生まれる。1903年(明治36)東京帝国大学仏法科を卒業後、判事、検事を経て、同大学講師、助教授から13年(大正2)に教授となり、38年(昭和13)まで刑法講座を担当した。1910年(明治43)から3年間、ドイツ、イギリス、イタリアなどに留学し、とくにドイツのベルリン大学で新派刑法学のF・リストに学び、大きな影響を受けた。その後、リストに代表される新派刑法学(近代学派、実証学派)の刑法思想や刑法理論を広くわが国に紹介するとともに、自らも新派の実証主義を基調とする刑法理論や刑事政策論を全面的に展開した。彼は犯罪者(人間)の自由意思を否定し、犯罪は犯罪者の素質と環境の産物であると解する立場から、旧派の形而上(けいじじょう)学的な道義的責任論や応報刑論を批判して社会的責任論や教育刑論を主張した。全20巻の『刑法研究』(1918~67)をはじめ、『刑法総論』全訂版上下(1958、59)、『法理学』1巻・2巻上下(1949~52)など著書は非常に多い。36年(昭和11)学士院会員、46年貴族院議員、50年文化勲章受章。昭和45年4月18日死去。[名和鐵郎]

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世界大百科事典内の牧野英一の言及

【刑法理論】より

…日本では,現行刑法が新派の影響をもかなり強く受けて成立したこともあって,新派が旧派に先行して有力に主張された点に特色があった。新派を代表したのは牧野英一であった。牧野は,目的刑論,とくに教育刑論と主観主義犯罪論を強く主張した。…

※「牧野英一」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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