すべての物質は波動の性質をもっている。この性質を表現する波動のことを物質波という。たとえば運動量pの粒子はあたかもh/pの波長の波動のようにふるまう。
hはプランク定数(6.6260755×10-34J・s)である。物質波は、物質が量子的な運動状態にあるときの特徴であって、古典的な運動状態にある粒子には現れない。電子顕微鏡では、電子の物質波すなわち電子波が光学顕微鏡の光の役割を果たす。この場合の電子波の波長は光の波長の1万分の1以下になるので、光学顕微鏡よりもはるかに分解能が高い。
1924年、フランスのド・ブローイは学位論文のなかで物質波の存在を理論的に予測した。このため物質波をド・ブローイ、h/pをド・ブローイ波長という。1927年にイギリスのC・J・デビッソンとガーマーL. H. Germer(1896―1971)およびG・P・トムソンが、また1928年に菊池正士(せいし)が電子波を実験的に検証した。1926年オーストリアのシュレーディンガーは、物質波の理論に基づいてシュレーディンガーの波動方程式を導いた。波動はイメージを描きやすいので、量子力学の形式として行列よりも波動方程式の形をとることが多い。しかしながらこのことは、物質が波動そのものであることを意味するのではない。
[田中 一・加藤幾芳]
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光は電磁場の波動であるが,光子として粒子の性質ももっている。電子ははじめ質点と考えられたが,実際は電子も粒子性をもつ波動であることが明らかになった。同様に陽子,中性子なども質点ではなく,波である。このような電子の波,広い意味では陽子などの粒子の波のことを物質波またはド・ブロイ波de Broglie waveという。
1924年ド・ブロイは物質波の説を唱え,粒子としての電子の運動量をpとするとき,その波動の波長λはλ=h/pで与えられることを示した(これをド・ブロイの関係ということがある)。hはプランク定数である。ド・ブロイは水素原子内の電子の定常波を考えたのであったが,電子線を結晶に当てることにより,干渉,回折現象から波動性を直接確かめることができる。実験結果はド・ブロイの説を支持するものであった。26年E.シュレーディンガーは物質波の従うべき方程式を導き,波動力学が確立した。
執筆者:宮沢 弘成
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「ド・ブロイ波」のページをご覧ください。
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…22年のA.H.コンプトンのX線散乱の実験結果などから光の粒子性が明確になると,光や電子における粒子性と波動性の対応関係の確立を目ざし,その結果,アインシュタインの光量子説の基礎にある式E=hν,p=h/λが,任意の物質粒子や光に適用できる一般式であることを明らかにした(Eはエネルギー,hはプランク定数,νは光の振動数,λは波長,pは運動量)。この物質波(ド・ブロイ波)の理論は,24年に《量子論の研究》と題する学位論文にまとめられ,パリ大学理学部に提出された。アインシュタインは,P.ランジュバンを通じて送られてきたこの論文の草稿を見て,いちはやく新理論の価値を認め,ゲッティンゲンのM.ボルンやチューリヒのE.シュレーディンガーに伝えた。…
…マトリックス力学は,水素原子のスペクトルを正しくあたえることが1926年にW.パウリとP.A.M.ディラックとによって証明されたとき,一般に受けいれられた。
[物質波]
1924年,ド・ブロイは光における波動と粒子の二重性を電子にまで及ぼすことを考え,電子は体内振動をもつ粒子だとしてボーアの量子条件に解釈をあたえた。この考えは,結局,エネルギーEと運動量pをもつ電子に振動数ν=E/hと波長λ=h/pの波動を付随させることに落ちつき,この波動は物質波ないしド・ブロイ波とよばれることになった。…
※「物質波」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
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