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王畿 おうきWang Ji

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

王畿
おうき
Wang Ji

[生]弘治11(1498)
[没]万暦11(1583)
中国,明の学者。字は汝中。龍渓先生と称される。浙江省山陰県の人。王陽明の高弟。現成の良知と動静合一の心を突きつめ,絶対自由の精神を養うことを説く。王学左派泰斗著書『王龍渓全集』。

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デジタル大辞泉の解説

おう‐き〔ワウ‐〕【王畿】

古代中国で、王城を中心とした囲の地域。帝王の直轄地。畿内。「王畿千里」

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世界大百科事典 第2版の解説

おうき【王畿 Wáng Jī】

1489‐1580
中国,明代の思想家。字は汝中,号は竜渓。王竜渓と呼びならわされる。浙江山陰の人。もと遊俠の徒であったが,王守仁に師事してもっとも期待された高弟になり,生涯を良知心学の普及に費やした。王守仁が展開しきれなかった無の哲学を開花させ,教学を超えて真の人倫創造をめざす良知の当下現成論を主張した。良知心学の一極致である。それだけに同門からもきつく批判された。著述は《王竜渓全集》にほぼ網羅されている。王学左派【吉田 公平】

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大辞林 第三版の解説

おうき【王畿】

帝王の直接治めている土地。王城の付近。畿内。

おうき【王畿】

1498~1583) 中国、明代の陽明学者。字あざなは汝中、号は竜渓。王学左派の思想家で無善無悪説を首唱。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

王畿
おうき
(1498―1583)

中国、明(みん)代の思想家。字(あざな)は汝中(じょちゅう)、竜渓(りゅうけい)と号す。浙江(せっこう)省山陰の人。20代で王陽明(ようめい)(守仁(しゅじん))に師事した。銭徳洪(せんとくこう)(緒山(しょざん))とともに陽明の代講も務めた。陽明の死後、小官につくが、偽学の謗(そし)りを受けて退く。以後、陽明学の普及に努め、80歳にしてなお各地を巡遊した。その思想は、陽明晩年の思想を継承し、儒仏道三教一致を説く宗教的境地に至る。現実の人間をありのままに肯定する現成良知論をとり、心の本来の姿が善も悪もないものであるなら、そこから発する人間の営為すべては無善無悪である、と説く。陽明学派の正統を任じる銭徳洪の学統に対して、人間の欲望の肯定と、形式化した儒教規律を否定する王学左派に道を開いた。『王竜渓先生全集』(1588)がある。[杉山寛行]

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世界大百科事典内の王畿の言及

【王学左派】より

…その際,(1)実存する人間の現姿,(2)個人の自立と社会活動の関係,をいかに把握するか,換言すれば,王守仁の(1)良知の自己実現による個人の自立,(2)万物一体の仁,真誠惻怛(そくだつ)の愛に促されて教化安養し大同社会を建設すること,この2点が論争主題であった。 さて王守仁直伝の高弟には,王艮(おうこん),王畿,欧陽崇一(南野),銭徳洪(緒山),鄒守益(東廓),羅洪先(念奄),聶豹(じようひよう)(双江)がいる。このうち王艮・王畿の二王は良知心学の本質をより徹底化した。…

※「王畿」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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