広い意味では事業活動に伴って生ずる廃棄物の総称であるが,日本では〈廃棄物の処理及び清掃に関する法律〉(略称〈廃棄物処理法〉)において,産業廃棄物とは,事業活動に伴って生じた廃棄物のうち,燃殻,汚泥,廃油,廃酸,廃アルカリ,廃プラスチック類その他政令で定める廃棄物と定義されている。政令では,上記の6種類に加えて,紙くず,木くず,繊維くず,ゴムくず,動植物にかかわる不要物,金属くず,ガラスおよび陶磁器くず,建設廃材,鉱滓,家畜の糞尿(ふんによう),家畜の死体などの13種類が指定され,合計19種類に分類されている。厚生省の調査によれば,日本の1993年度における産業廃棄物の排出量は総計約3億9700万tである。種類別には汚泥が約46%ともっとも多く,家畜糞尿,建設廃材がこれに次ぐ。排出量は産業構造や産業活動の規模,あるいは生産技術によって変化し,今後排出量が増加すると予想される産業廃棄物は,都市構造や都市計画のあり方と関連が深い建設廃材と汚泥である。前者は都市への事業所の集中,集積と再開発が進むにつれて,後者は上水道,下水道などの整備が進むにつれて増加する。また,法的には産業廃棄物に指定されていないが,地下鉄,道路,下水道などの社会資本の整備,あるいは建物,施設の地下化に伴い,廃土砂も大量に発生してきている。
産業廃棄物が引き起こしている問題の原因の多くは,産業廃棄物の不法投棄,あるいは不法処分(無許可の最終処分)によるものである。投棄された有害な産業廃棄物による環境汚染が重大な社会問題になっている典型的事例として,アメリカのニューヨーク州ナイアガラ・フォールズ市におけるラブ運河事件がある。ケミカル・フッカー社が1930年代末から十数年間にわたって,同社の製品,農薬,苛性ソーダ,可塑剤などの生産過程で生じた少なくとも2万tの廃棄物をラブ運河に投棄し,さらに埋め立てて市当局に売却,跡地は小学校用地となり,近隣には住宅も建設された。それから二十数年後,PCB,ベンゼン,ダイオキシンなどを含んだ有害廃棄物が地下水を汚染し,地表にしみ出してきたため,周辺住民に頭痛,神経系の異常,流産,先天異常などの健康被害が多発した。日本でも,75年7月,日本化学工業から排出された6価クロム鉱滓が,東京都江戸川区,江東区一帯に捨てられていたことが発見され,6価クロム事件として社会問題になった。投棄量は判明しただけでも33万tを超え,投棄された鉱滓の上には草木も生えなかった。
廃棄物処理法にいう有害な産業廃棄物とは,産業廃棄物のうち,燃殻,汚泥,廃酸,廃アルカリ,鉱滓,ばい塵について,特定の施設,またはそれらの施設を有する工場,事業所から発生したもので,一定の試験の結果,有害物質の濃度が判定基準を超えるものをいい,一般の産業廃棄物と区別されている。有害性の判定の際に対象となる有害物質は,アルキル水銀化合物,水銀またはその化合物,カドミウムまたはその化合物,鉛またはその化合物,有機リン化合物,6価クロム化合物,ヒ素またはその化合物,シアン化合物,ポリ塩化ビフェニル(PCB),有機塩素化合物などの32種類である。6価クロム事件を契機として,よりきびしい規制が行われるようになったが,今後,どんな有害廃棄物が,どこに,どれだけ,どのように投棄されているかを管理していくことが必要である。
警察庁の調べでは,廃棄物処理法違犯による1996年の検挙数は1998件で,その76.4%が不法投棄となっており,産業廃棄物の不法投棄検挙件数は729を数えた。不法投棄の原因・動機は,処理経費節減のため,最初から営利目的をもって,処分場が遠距離のため,処分場がないためなどほとんどが経費節減,経済的理由である。
産業廃棄物の処理については,事業者がみずから処理しなければならないものとされ,排出事業者の自己処理責任が明示されており,これが産業廃棄物処理の原則である。ただし,すべての事業者が自己処理を行うことは無理があるので,事業者は,処理費用を負担し,処理そのものは他人に委託することが認められている。建設廃材はビル解体業者に排出者としての処理責任があるが,解体業者には中小企業が多く,請負の仕事に対して高価な処理費用をかけるわけにはいかないため,実際にはできるだけ安価な運搬費用ですむ処分業者に委託されている。これが不良処分業者が介在する背景になっており,不法投棄を生んでいる。中小企業が自力で産業廃棄物の最終処分場を確保するには膨大な経費がかかり,その管理も不十分になりがちであるため,公共部門が最終処分場を確保するという公共関与の施策がとられている。しかし,近年廃棄物処理施設や最終処分場の建設に対し,これらの施設からの二次環境汚染を巡って,住民との間に紛争が生じ,訴訟にまで至っている事例が少なくない(97年には岐阜県御嵩町で産業廃棄物処理場の是非を問う住民投票が行われた)。このことは,産業廃棄物の排出量の増加を防止することなく,最終処分場を公共部門によって整備するという廃棄物処理能力の拡充によってのみ廃棄物問題を解決しようという政策の限界を示している。むしろ,事業者処理責任の原則を徹底し,事業者や処理業者に適正処理を実施させるための規制,監視,指導行政を推進することによって,事業者に対し減量化やリサイクルを動機づけ,そのための技術開発を推進させることが重要である。と同時に,より根本的には廃棄物を出さない産業構造,都市構造のあり方を追求することが必要であろう。
→ごみ
執筆者:植田 和弘
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
産業活動に伴って排出される廃棄物。産廃(さんぱい)とも略される。産業活動により排出される大量の有害廃棄物の発生は、人の健康や生活環境の破壊等大きな社会問題を引き起こしてきた。日本でも1960年代の急速な工業化とともに産業廃棄物の処理が深刻な問題となっている。産業廃棄物の焼却によって発生するダイオキシンは大気汚染を招き、廃棄物の投棄、海洋処分は、土壌汚染や水質汚濁を深刻化してきた。そこで、1970年(昭和45)には、生活環境の保全を目ざし、廃棄物の排出抑制、再生利用、適正処理に対処する「廃棄物の処理及び清掃に関する法律」(廃棄物処理法)が制定されている。この法律は、その後、2011年(平成23)に至るまで、十全を期して改正を続けている。1991年(平成3)には、廃棄物の増大、適正処理困難物の増加に対処しようとした改正がなされ、1997年には廃棄物の減量化を進め、不法投棄に対して罰則を強化するものとなり、2000年には排出事業者の責任をいっそう厳しく追及するものとなっている。そして、一般廃棄物と区別して産業廃棄物の内容、および処理義務者を明確化すると同時に廃棄物の処分方法について規定している。とくに、第12条は、産業廃棄物を工場などの事業活動において発生する20種類の廃棄物と輸入された廃棄物であると定めている。事業活動に伴う20種類の廃棄物とは、燃え殻、汚泥、廃油、廃酸、廃アルカリ、廃プラスチック類、ゴム屑(くず)、金属屑、畜産業から排出される動物の糞尿(ふんにょう)・死体、その他政令で定める廃棄物等である。
こうした産業廃棄物については、排出事業者が自らの責任で適正処理することを義務づけている。産業廃棄物を処理、処分できる許可を受けた産業廃棄物処理事業者へ処理、処分を委託することは可能であるが、処理、処分を他人に委託する場合には、産業廃棄物の名称、運搬業者名、処分業者名、取扱注意事項等を明記したマニフェスト(産業廃棄物管理票)を作成することになっている。マニフェスト制度は、委託した産業廃棄物の適正処理の確認、産業廃棄物の処理、処分、運搬についての責任の明確化、不正な処理の未然防止等を意図するものである。マニフェスト制度は、1990年に開始され、1998年よりマニフェストの適用範囲が、すべての産業廃棄物に拡大された。当然、法律違反は罰則を受けることになる。
また、廃棄物処理法は「爆発性、毒性、感染性その他の人の健康又は生活環境に係る被害を生ずるおそれがある性状を有する廃棄物」のうち、廃PCB(ポリ塩化ビフェニル)部品等を特別管理一般廃棄物とし、廃揮発油類等を特別管理産業廃棄物と規定し、必要な処理基準を設け、通常の廃棄物よりも厳しい規制を行っている。なお、自動車の排気ガス規制に関しては、環境省だけでなく国土交通省も規制強化を指向している。さらに、放射性廃棄物は原子力基本法等にのっとって処理されことになるが、その最終処分場などに関しては、大きな社会問題なっている。
1990年代には、瀬戸内海の豊島(てしま)(香川県土庄(とのしょう)町)、東京都日の出町で、産業廃棄物が深刻な社会問題を引き起こしてきたし、2000年代に入っても、愛知県小牧市桃花台(とうかだい)ニュータウンにおいて、王子製紙春日井(かすがい)工場等からの産業廃棄物が、土壌汚染、健康被害、地盤低下をもたらすということで問題となっている。
他方、2000年には「循環型社会形成推進基本法」が成立し、廃棄物の発生抑制、再使用、適正処分等について総合的かつ計画的に取り組む循環型社会の形成が目ざされてきている。こうしたこともあり、2000年代初頭、日本では約4億トン規模の産業廃棄物が排出されていたが、2011年には3億8121万トンにまで減少している。それでも、廃棄処分には巨額な費用がかかり、処理場の不足もあり、不法投棄は減少傾向にはあるが、撲滅されてはいない。2012年度の不法投棄件数は187件、不法投棄量は4.4万トンとされている。そして、2012年段階で、最終処分場の残余容量は、14.9年程度分受入可能な約1億8606万立方メートルとされている(環境省「産業廃棄物の排出及び処理状況について」2013)。
[大西勝明]
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企業や工場などの事業活動に伴って生じる廃棄物.政令では量・質的に環境汚染の原因となる可能性のあるものを産業廃棄物と定めている.燃えがら,汚泥,廃油,廃酸,廃アルカリ,廃プラスチック類,そのほか政令で定める廃棄物(紙くず,木くず,繊維くず,動物・植物残さ,ゴムくず,金属くず,ガラスくず,鉱さい,建設廃材,家畜糞尿,動物の死骸,ダスト類)など,現在,20種類に分類されている.産業廃棄物以外のオフィスごみなどは一般廃棄物となる.産業廃棄物,一般廃棄物を含めて,地球環境の保全と資源の有効利用の観点から,発生の抑制,適正処分とともに,再利用,再資源化などのリサイクル研究が進められている.
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報
…すなわち同法によると,廃棄物とはごみ,粗大ごみ,燃えがら,汚泥,糞尿,廃油,廃酸,廃アルカリ,動物の死体その他の汚物または不要物であって固形状または液状のもの(放射性物質およびこれによって汚染された物を除く)とされ,汚物に代わって廃棄物という新語が使われるようになったのである。同法では廃棄物をさらに2種に分け,事業活動に伴って生じた廃棄物のうち,燃えがら,汚泥,廃油,廃酸,廃アルカリ,廃プラスチック類など19種類の廃棄物を産業廃棄物,産業廃棄物以外の廃棄物を一般廃棄物と呼ぶことになった。したがって事業活動に伴って生ずる廃棄物でも前述の19種類以外の廃棄物は一般廃棄物とされているが,東京都清掃条例のようにこれを事業系一般廃棄物と呼ぶこともある。…
…一般の廃棄物のうち事業活動に伴って生じた廃棄物を事業系廃棄物,それ以外の家庭を中心とする人の生活に伴って発生する廃棄物を生活系廃棄物または家庭系廃棄物という。さらに事業系廃棄物のうち法律で定められた19種の廃棄物を産業廃棄物と呼び,このうち,燃殻,汚泥,廃酸,廃アルカリ,鉱滓(こうさい),ばい塵については,有害物質の濃度が判定基準を超えるものを有害産業廃棄物として一般の産業廃棄物と区別し,よりきびしい規制を行っている。事業者は,その産業廃棄物をみずから処理しなければならないことになっている。…
※「産業廃棄物」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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