改訂新版 世界大百科事典 「甲州法度之次第」の意味・わかりやすい解説
甲州法度之次第 (こうしゅうはっとのしだい)
戦国家法の一つ。戦国大名武田晴信(武田信玄)が1547年(天文16)6月1日に制定した法典。江戸時代の版本に題された〈信玄家法〉という名称で世に知られる。この家法は,武田晴信の花押をすえた原本の体裁をとる26ヵ条本と,同じ制定日付をもち,追加2ヵ条を付記する55ヵ条本の2種が伝存する。26ヵ条本には,喧嘩両成敗法,他国への音信の禁止,宗論の禁止,私的盟約の禁止など,戦国家法の特色とされる条文が多くみられるが,《今川仮名目録》の強い影響下に成立したものといえる。また全体的にいえば,領国内の地頭と,その下の名主で,武田氏と主従関係を結んでいる軍役衆との関係を法で律していこうとする意図が軸となっている。55ヵ条本は,これらの家臣団統制法的性格の強い条文に,棟別銭の納入に関する条文,債権債務関係の条文など分国法的性格の強い条文を加え,形式的に整備したものとなっている。
→分国法
執筆者:勝俣 鎮夫
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報