ロシアの小説家ドストエフスキーの長編小説。1868年発表。主人公ムイシキン公爵はキリスト的な「ポジティブに美しい人」として構想される。「白痴」とよばれるほどの無垢(むく)な純粋さをもつ公爵は療養先のスイスの病院からペテルブルグに戻り、欲望の権化(ごんげ)である商人ロゴージン、エパンチン将軍家の誇り高い令嬢アグラーヤ、さらに小説の女主人公であり、不幸と凌辱(りょうじょく)のなかにあっても傲慢(ごうまん)な悲劇的美をもち続けるナスターシャ、自殺志願の青年イッポリートらの織り成す人間情熱のドラマに巻き込まれる。副人物レベジェフによる黙示録解釈、ロゴージン家にまつわる去勢派信徒の影などが特異な雰囲気を醸し、主人公には作者の持病であるてんかんのアウラ体験が託される。しかし人々の間に和解と調和をもたらすべき公爵の愛と哀れみの精神も現実世界の荒れ狂う渦の前には無力であり、ロゴージンはナスターシャを殺し、公爵もふたたびスイスに帰らねばならない。
[江川 卓]
『木村浩訳『白痴1・2』(『ドストエフスキー全集9・10』1978、79・新潮社)』▽『米川正夫訳『白痴』全四巻(岩波文庫)』▽『木村浩訳『白痴』上下(新潮文庫)』
坂口安吾(あんご)の戦後を代表する短編小説。1946年(昭和21)6月『新潮』に発表。47年5月、同名の短編集を中央公論社より刊行。東京が太平洋戦争の空襲下にあるころ、映画演出家伊沢と逃げ込んできた白痴の女が、猛火の舞い狂うなかを手に手をとって落ち延びる物語である。伊沢は火炎から女をかばいながら、火も爆弾も恐れなくていい、死ぬときはいっしょだといいきかせるが、女の稚拙でいじらしい反応に、彼は逆上しそうになる。戦争を起こした非人間的な巨大な歴史への意志に、白痴を対置させた意味はきわめて鮮烈で、戦後のすさんだ人々の心にほのぼのとした生きる糧(かて)を与えるものであった。
[伴 悦]
『『白痴』(新潮文庫)』
精神遅滞のなかで最も重い型で,WHOの国際疾病分類の最重度精神遅滞に相当する。全精神遅滞の約5%を占める。知能指数(IQ)は20以下で,2,3歳の知能しかない。言語の習得も不完全で,食事,排便,月経の処理など,生活のすべてに介助を必要とする。社会的に自立することはまったく不可能で,行動異常がみられることも多い。錐体路症状,錐体外路症状,痙攣(けいれん)発作など,身体症状をもつことが多い。また感染に対する抵抗が弱く,看護が困難であるため長寿を保つことは少ない。原因はさまざまで,卵子や精子の障害,染色体異常,出産時障害,出生後の脳炎,ウェスト症候群などによって,脳に器質的障害をもっていることが多い。
→精神遅滞
執筆者:石黒 健夫
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
…このような望ましい人格のあり方としての〈賢い愚者〉という観念は,ロマン主義の時代になると民衆性を失って矮小化し,理性によって曇りをかけられる以前の,高い徳目をもつ清らかな愚者による俗的理性の救済や両者の対立に置きかえられた。ドストエフスキーの長編小説《白痴Idiot》(1868)やワーグナーの楽劇《パルジファルParsifal》(1882初演)には,このテーマが見られる。現代では,1960年代後半以降,創造的混沌という精神のあり方が再評価されてきており,その脈絡の中で,道化,カーニバル的精神などとともに,愚者という知のあり方も再検討されている。…
…同年12月22日,銃殺刑を申し渡されたが,執行直前に停止され,4年の懲役刑とその後の兵役義務の判決を受けた。この〈模擬〉死刑の体験は《白痴Idiot》(1868)になまなましく描かれている。 シベリアのオムスクで刑に服したが,その体験については《死の家の記録Zapiski iz myortvogo doma》(1862)に詳しい。…
… 以下に伝統的な分類について述べる。 (1)白痴Idiotie ウェクスラー式知能検査でのIQは20以下で,全精神遅滞の5%を占める。片言程度の言語能力しかなく,社会生活全般に介助を要し,排便,経血,摂食など身の回りの処理にも介助を要する。…
…また,難聴によって言語の習得と知覚発達に遅れがあるものは,本来の知能は保たれているので,仮性の精神遅滞という。
[分類]
WHOは知能指数(IQ)によって,精神遅滞を最重度,重度,中等度,軽度,境界に分けているが,伝統的には白痴,痴愚,魯鈍(軽愚)および境界に分けられる。一般に情意の障害は知的な障害ほどは目立たず,むしろ人なつこく,愛きょうがあり,すなおなことがある。…
※「白痴」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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