相手の攻撃から身を守る防御具。楯とも書く。主として地上に置いて用いる大型の置盾と,手に持って使う小型の持盾とがある。盾は,本体が有機質でできているものが多いため,遺存例はそれほど多くはない。中国では,殷墟から木枠に革を張り,漆を塗った盾が出土しており,これには裏面中央に竪棒の把手がついている。戦国時代にも革製漆塗盾や,頂部が山形をした木製漆塗盾があり,漢代には,画像石や陶俑から,長方形をした持盾が使用されていたと思われる。一方,エジプトでは,中王国時代に頂部がアーチ形をし,下端が一直線になった,全身を覆うに足る大型の木製盾があり,新帝国時代になると,その形が馬蹄形に近くなり,少し小型になる。ギリシアでは,当初はほとんど全身を覆うような大型の盾と,上下に円をつなげた8の字形の盾があり,青銅器時代になると,縁飾などを青銅でつくった円形の革製盾が出てくる。ローマ時代には,長方形の革製盾や鉄製盾がある。これらヨーロッパの例は,盾そのものの遺存例だけでなく,壺絵,彫刻,モザイクなどに表現されていることが多い。
日本最古の遺存例は,古墳出土の盾であるが,頂部が弧状になり,両肩が張った長方形の革製漆塗盾である。木枠に張った革に,糸などで鋸歯(きよし)文,綾杉文,直線文等を刺繡している。表面を飾った巴形(ともえがた)銅器や二枚貝などが残っている例があり,また,四隅の金具が残っていることもある。このほか盾をかたどった埴輪や,盾を持つ武人埴輪,古墳の壁画等からも,当時の盾をうかがうことができる。なお,奈良県天理市の石上(いそのかみ)神宮には,各種の鉄板を矧(は)ぎ合わせて鉄鋲で留めた,古墳時代の鉄製盾2面が伝えられており,実用とすれば,重さから置盾と考えられる。奈良時代では,平城宮跡で頂部が山形をした木製盾が出土している。表面は渦巻をS字形に縦に組み合わせ,その上下には,三角形を配し,赤,黒,白の3色に塗り分けている。頂部には小孔がうがたれており,そこに馬毛などをつけて飾った。《延喜式》に記載された〈隼人(はやと)盾〉に相当する。
執筆者:小林 謙一 日本では携帯用の盾を手盾,または持盾といい,革または木製,ときには木質革包みとするが,総体に小型で,もっぱら歩兵による打物(うちもの)や長柄(ながえ)の戦いに用いた。騎射防御として用いるのは陣前に並列する搔盾(かいだて)であり,櫓(やぐら)の周囲や船のへりにも並列するが,これは大型で鉄または鉄質革包みもあるが,多くは堅硬な木の厚板を使用し,鎌倉時代ころから表面に旗標(はたじるし)と同様,所有者の標識をつけた。搔盾は長方形の板で,裏面上部寄りに横桟をいれて支柱をとりつけるが,さらに板の端に懸金(かけがね)と壺(つぼ)を設けて板塀のように懸け合わせる仕立があるのを畳盾といった。なお木盾の表面に大竹を割りひしいで張ったのをひしぎ盾といい,火器が発達してからはもっぱら竹束にかわった。
執筆者:鈴木 敬三 古来,盾は〈勇気〉や〈勝利〉の象徴と考えられた。そのため,兵士が戦場で盾を奪われることは最大の恥とされ,古代ローマでは,そのような兵士を死刑に処したほどであった。ゲルマン人も盾を非常にたいせつにし,ノルマン人は自分の盾を棺としたことが知られている。この盾を初めて総合的に研究したのは,イギリスのピット・リバーズPitt-Riversであった。彼は,盾が棒に起源するものとし,それが板状,長楕円形,繭形と変形したと考えた。したがって,彼の説に従うと,細長い盾のほうが幅広いものより古いことになる。
時代がくだり,置盾よりも持盾のほうが主流を占めるようになると,盾の形も三角形,長六角形,円形,長卵形など,多様なものが出現する。しかし,13~14世紀ころになると,ノルマン型の盾は丈が短くなり形が多くなる。ヨーロッパの家絞が出現するのも,12世紀の中ごろとされているが,イギリスを中心とする家絞の輪郭は盾をかたどったものであり,オーディナリー,チャージと呼ばれるその文様も,戦場で味方を識別する目印として盾に描かれた共同体ごと,部族ごとの文様に起源をもつものであった。
→紋章
執筆者:藤島 高志
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
敵の攻撃から身を守るための防御用具。楯とも書く。棍棒(こんぼう)、槍(やり)、弓矢などの攻撃用具が狩猟などの食糧獲得のためにも用いられるのに対し、盾はほとんどの場合、人間同士の戦闘の際に用いられるという点で大きく異なっている。盾の材質としては、木材、樹皮、動物の皮革、竹や籐(とう)などを編んだもの、金属、布などさまざまなものが世界各地の諸民族の間で用いられてきた。また、盾の形状も、棒状のものから、円形、楕円(だえん)形、四角形のものまでさまざまである。盾の大きさも、体の一部分のみを守るためのものか、体全体を守るためのものか、また、個人用のものか、集団用のものか、あるいは、手に持って用いる持盾(もちたて)、手盾(てだて)か、地上に置いて用いる置盾かによって異なっている。しかし、盾の大きさには材質や形状による制限があり、とくに盾を持って移動しながら用いる場合には、その重量上の制限が大きな問題となってくる。また、盾を持つには少なくとも一方の手を用いなければならず、棍棒や槍などの片手で扱う攻撃用具とともに用いる場合にはほとんど問題がないが、両手を用いる弓矢の場合には盾を使用することが困難となる。したがって、そのような場合には、手で持つ形式の盾ではなく、体に取り付ける形式の盾がしばしば用いられる。この形式を発展させれば、甲冑(かっちゅう)となる。盾に関して初めて体系的な研究を行ったイギリスのピット・リバーズは、進化論的立場から、盾の起源を棒に求め、それがしだいに板状となり、さらに楕円状、繭状に発展したと論じた。また、フランスのモンタンドンは、盾を棒盾、肩盾、正常盾の3種類に、さらに正常盾を植物製、動物製、アジア式に分類した。しかし、このような研究は現在ではあまり重視されていない。むしろ、盾には持つ者を危険から守る力をもつとされる模様や、相手を恐れさせるための模様などが描かれることが多いという点に注目して、盾やその模様のもつ象徴的な意味を考察するような研究が進められている。
[栗田博之]
木や鉄、革などでつくった長方形の板で、矢石を防ぐ軍陣の具である。また神前や儀式に立てて威儀の具ともした。表には彩色したり、紋様をつけ、裏には立てるための支柱、手に持って手楯とする場合の取っ手をつけたりする。また応急の、ありあわせの板を横木に結び付けた掻楯(かいだて)、多くの楯を連続させた帖楯(じょうだて)・畳楯(たたみだて)などもある。
古く祭器としての製作も記紀にみえ、旗・鉾(ほこ)とともに神前・宮前を飾った。『延喜式(えんぎしき)』には革製の楯、また製作者集団として楯縫部(たてぬいべ)の名の記載がある。古墳に埴輪(はにわ)として立てられ、また奈良時代の宮門守護の隼人(はやと)所用と推定される、朱・黒・白の渦巻紋の大楯が、平城宮址(し)より出土し、『日本書紀』にいう白楯・黒楯の存在、推古(すいこ)紀の大楯に絵を描くという記事を裏づけている。
また大和(やまと)(奈良県)の三輪(みわ)神社には鉄板鋲(びょう)留めの鉄の古代の大楯が伝世する。古代は上辺を山形・三山形としたものもあったが、中世以後は、長方形の木板が一般的となり、弓射戦の盛行とともに軍陣での必要は増した。表に二引両(2条線)や家紋を墨書した形式の楯が、『前九年合戦絵巻』などに描かれている。中世中ごろから集団戦が行われるとともに、連続した帖楯や畳楯が、また鉄砲伝来とともに、銃眼を、城郭の狭間(はざま)状に楯の表に切りあけた楯なども出現する。しかし、戦闘法や築城法の変化とともにしだいに廃れ、近世には、車楯(くるまだて)などという、移動に便利な板楯も考案されたが、より軽便で、鉄砲などに防具として効果的な竹束の楯などに変わっていき、ついにはあまり用いられなくなった。
[齋藤愼一]
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
…トンネルを作る工法の一つ。シールドshield(本来は盾の意)と呼ばれる,トンネル外径大で全体が薄い鋼板で覆われた長さ4~7mほどの円筒状の機械を立坑などで地中に降ろし,その中で掘削しつつシールドをジャッキで推進させ,セグメント(鉄またはコンクリート製ブロック)を用いて覆工し,トンネルを築造するものである(図)。湧水を防ぐために,圧縮空気を送り込むことにより(圧気シールドという),軟弱悪質な地盤や帯水地盤での掘削に威力を発揮する。…
…古く先カンブリア時代に成立した安定地塊で,古生代以後の堆積岩類をほとんど載せていない地域。地形的には楯を伏せたような形にみえるところからこの名称が生じた。最古の大陸地殻であって,激しく変形・断裂を受けた複雑な構造の結晶片岩,片麻岩,花コウ岩などで構成されるが,古生代以後はまったく安定化し,全般的な昇降運動を経験したにすぎないので,わずかに堆積岩類を載せている場合でも,その構造はほとんど水平でまったく乱されていない。…
※「盾」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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