磁気緩和(読み)じきかんわ(英語表記)magnetic relaxation

改訂新版 世界大百科事典 「磁気緩和」の意味・わかりやすい解説

磁気緩和 (じきかんわ)
magnetic relaxation

物質の磁気的状態が熱平衡状態に達するのに有限な時間を要することおよびそのために示される現象。物質中の非常に多数の電子,または原子核磁気モーメントの集りからなる磁気的な系を考える。ある磁場温度でのもっとも安定な状態が熱平衡状態であり,系の状態が熱平衡状態からずれているときはその系は安定な熱平衡状態へ向かって変化することになる。それにつれて熱平衡状態での値からずれていた物理的な量も熱平衡状態の値に向かって変化をする。系の磁気的性質を特徴づける量は磁化であり,磁化の時間変化が磁気緩和をもっとも特徴づける。磁気緩和を支配しているのは個々の微視的な磁気モーメントに働く時間的にゆらぐ局所的な磁場で,磁気緩和を調べることにより,個々の磁気モーメントの周囲の微視的な情報を得ることができる。磁気緩和は通常,磁気共鳴により調べられるが,電子の場合と原子核の場合とでは共鳴振動数が著しく異なるために,物質中の電子および原子核の磁気緩和を別々に調べることができる。電子の系の磁性多様性と核磁性系の組合せによって多彩な磁気緩和の様相があり,豊富な微視的動的な情報が得られている。

 常磁性物質では外部磁場に平行方向の磁化の緩和を縦緩和と呼び,外部磁場に垂直な方向の緩和を横緩和と呼ぶ。単純な場合にはこの緩和は磁化のそれぞれの成分について時間の関数として指数関数的で,それを特徴づける特性時間があり,これを緩和時間と呼んでいる。緩和時間の長さとその温度変化が,それぞれの緩和の機構の同定を通じて,電子,あるいは原子核の磁気モーメントのまわりの微視的な情報を与える。強磁性反強磁性での緩和の場合には縦横区別は必ずしも明確ではなくなる。また磁気モーメント(スピン)の系において,他の系へのエネルギー移動を伴う緩和はスピン格子緩和,系内の平衡状態に達するための緩和はスピンスピン緩和と呼ばれる。
緩和現象
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「磁気緩和」の意味・わかりやすい解説

磁気緩和
じきかんわ
magnetic relaxation

物質の磁気モーメント系が磁気共鳴時に,ある熱平衡状態に到達するまでに時間的な遅れが現れる現象。磁気モーメントの量子化軸方向の緩和を縦緩和と呼び,その特性時間はスピン系と格子系の間のエネルギー交換の緩和時間で,スピン-格子緩和時間により示される。また量子化軸に垂直方向の横緩和時間はスピン系内でのエネルギー交換の緩和時間で,スピン-スピン緩和時間により示される。磁気緩和は現象論的にブロッホ方程式で示される。磁気緩和の緩和時間は磁気共鳴吸収の線形や線幅と密接に関係している。スピン-エコー法による緩和時間の測定は物性研究に広く用いられる。

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化学辞典 第2版 「磁気緩和」の解説

磁気緩和
ジキカンワ
magnetic relaxation

熱平衡にある磁気モーメントの系(スピン系)の外部磁場を急に変化させたとき,スピン系がその変化に応じた熱平衡状態に変化していく過程を磁気緩和という.磁気緩和には縦緩和と横緩和があり,それぞれスピン-格子緩和スピン-スピン緩和に対応し,外部磁場の変化の仕方(磁場の方向はそのままで,強さだけがかわる場合と,強さはかわらず方向だけがかわる場合)に依存する.緩和に要する時間を緩和時間という.

出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報

世界大百科事典(旧版)内の磁気緩和の言及

【緩和現象】より

…この場合,実際上重要になるのは外部電場が一定の周期で振動する場合であって,このとき誘電率は複素数の形で与えられ,その虚数部分は,電場のエネルギーが物質に吸収され熱となって拡散する誘電損失を表す。(2)磁気緩和 物質の磁化が,外部の磁場の変化に対して新たな平衡状態になるまでに有限の時間を要する現象。常磁性を示す物質は,古典的に考えれば,磁気モーメントをもつ分子の集団とみなしてよいから,一定の周波数で振動する磁場の下では帯磁率は誘電緩和の場合の誘電率と同様に複素数で与えられ,その虚数部分は,単位体積の試料が単位時間に吸収するエネルギーを表す。…

※「磁気緩和」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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