一般に強磁性体およびフェリ磁性体はその内部が磁化(自発磁化)の向きの異なる領域に分かれている。この領域のことを磁区といい,その境界を磁壁magnetic domain wallsと呼ぶ。強磁性体が,見かけのうえで磁化をもたない消磁状態になることがあるのは,全体の磁化が打ち消されてしまうような磁区構造をもつ場合があるためである。磁区の大きさは小さいもので10⁻4cm,大きいもので1cm程度である。
磁区の存在は1907年P.ワイスによって予想されていたといわれるが,実験的には31年アメリカのビッターFrancis Bitter(1902-67)により初めてその存在が示され,理論的研究はL.D.ランダウとE.M.リフシッツにより始められた(1935)。
磁区構造を定める要因には静磁エネルギー,結晶磁気異方性エネルギー,磁歪(じわい)などがある。静磁エネルギーは強磁性体中に生ずる磁極による反磁場と磁化の相互作用のエネルギーである。磁極の生じない場合のほうが静磁エネルギーは低くなり,このエネルギーが低くなるほど磁区構造は安定する。結晶磁気異方性エネルギーは結晶の軸と磁化の角度に依存するエネルギーで,もっともエネルギーの低い方向を容易磁化方向と呼び,各磁区内の磁化は容易磁化方向のどれかの方向に向いている。磁歪の場合は,各磁区での結晶変形が磁壁のまわりでひずみを生じないような磁区が安定する。強磁性材料の性質,形状により,これらのエネルギー,磁歪の兼合いから種々の磁区構造が現れ,コンピューターの素子としての応用が重要な円筒状のバブル磁区(磁気バブル)もその一つである。
外部から磁場を加えると磁区構造は変化する。まず外部磁場に対してエネルギー的に有利な,すなわち外部磁場方向の磁化成分をもつ磁区が磁壁の移動により拡大し,磁場の方向への磁化の増加を生ずる。さらに磁場を大きくすると,各磁区内の磁化が磁場の方向へ回転して磁化が増大することになる。
磁壁を隔てて磁化が反平行になっている場合を180度磁壁,磁壁を隔てて磁化が互いに直角になっている場合を90度磁壁と呼び,直角に近い場合も90度磁壁に含める場合がある。磁区の内部では原子の磁気モーメントは一方向にそろっているが,磁壁のところでは原子のもつ磁気モーメントの向きが変わることになる。交換相互作用のエネルギーは,磁壁の厚みの方向に沿って原子の磁気モーメントが少しずつ角度を変えていくほうが損失が少なく,したがって磁壁の厚みを大きくするように作用する。一方,磁壁の厚みが大きくなって磁気モーメントが少しずつ角度を変えていくということは,容易磁化方向と異なる向きの磁気モーメントが増すことになるので,磁壁の中では結晶磁気異方性エネルギーは高い状態にあることになる。このため結晶磁気異方性エネルギーからみれば,磁壁が薄いほうが有利となる。結局,この両者のエネルギーの兼合いで磁壁の厚みが決まることになり,鉄の場合その厚みは10⁻5cm程度である。ただし,いずれにしても磁壁内ではエネルギーは高くなっている。つまり磁壁を形成するとエネルギーを損失することになる。初めに述べたように静磁エネルギーの利得がこの損失を補って磁区構造を安定にする。なお,強磁性体およびフェリ磁性体の粒子が小さくなり,差渡しが磁壁の厚みと同程度になれば,静磁エネルギーの利得が磁壁でのエネルギー損失を補えなくなり,磁区構造が消失して,粒子全体にわたって磁気モーメントがそろった単磁区構造が現れる。
磁壁の構造を定めるのに静磁エネルギー,磁歪も重要な因子である。180度磁壁を例にとると,磁極が磁壁内に生じないようにすれば静磁エネルギーは低くなるから,磁壁は磁化に平行になり,磁壁内では原子の磁気モーメントは磁壁の厚みの方向に垂直な面内にあって厚みの方向に沿って少しずつ回転することになる(図)。これをブロッホ磁壁と呼ぶ。薄膜強磁性体では磁壁が膜面に現れるところでの磁極による静磁エネルギーの損失が無視できなくなり,ブロッホ磁壁よりは,磁壁内の磁気モーメントが膜面内で向きを変えるネール磁壁のほうが安定になる。膜厚が厚いものから薄くなるにつれてブロッホ磁壁からネール磁壁に移り変わるが,その途中で枕木磁壁と呼ばれる上述の二つの磁壁の組み合わさったものが現れる。なお,反強磁性体でも磁区に相当するものが存在することが知られている。
→磁性
執筆者:吉森 昭夫
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強磁性体の内部は、自発磁化の向きの異なる数多くの微少な領域に分かれている。この領域を磁区という。磁区内では、原子の磁気モーメント(原子磁石)は皆同じ方向を向き、自発磁化を形成している。もし磁区に分かれず、強磁性体の原子磁石がすべて同じ方向を向くと、磁性体の表面に磁極が現れ、内外に磁界を生じる。強磁性体の自発磁化は、この自らつくりだした磁界の中に置かれることになり、磁気エネルギー(静磁エネルギー)が発生する。自然界はエネルギーが低いほど安定であるが、この静磁エネルギーによる磁性体のエネルギーの増加はこれとは相反する。そこで、強磁性体は、静磁エネルギーの発生を抑えるため、自ら内部でいくつかの磁区に分かれ、それぞれの磁区内の自発磁化が、磁性体の表面に磁極を発生しないように、複雑な幾何学的配置をする。磁区の大きさ(面積)は物質によって異なるが、およそ10-12m2から10-6m2程度である。強磁性体は、磁界にさらされたことがなければ見かけは磁石のようには見えない。これは、各磁区の自発磁化が互いに打ち消し合って、外部に現れないためである。外部から磁界をかけると、その磁界の向きに一番近い方向に自発磁化が向いている磁区の体積が増加する。磁界を強くすると、ついには全体が一つの磁区となる。この状態を磁気飽和といい、このとき観察される磁化を飽和磁化という。飽和磁化の大きさは自発磁化に等しい。
各磁区は磁壁とよばれる境界によって仕切られている。磁壁は有限の厚みをもっている。もし磁壁に厚みがなく、自発磁化の向きが大きく異なる磁区が接すると、互いの磁化の間に大きな相互作用(交換相互作用)のエネルギーが生じ、磁性体の自由エネルギーが増加する。磁壁の内部では数百原子層にわたって、一方の磁区の磁化の向きから他方の磁区の磁化の向きに原子磁石が徐々に向きをかえ、このエネルギーの増加を抑えている。磁区内の原子磁石は、物質固有の磁気異方性によって、一定の方向(磁化容易方向)を向いているが、磁壁内で原子磁石が磁区内の磁化の方向から向きを変えると、磁気異方性エネルギーが増加する。相互作用に起因するエネルギーは磁壁が厚く、原子層を増すほど抑制できるが、逆に磁気異方性に起因するエネルギーは磁化容易方向からずれた原子磁石が増えるほど増加する。磁壁の厚みはこれらのエネルギーの和(磁壁エネルギー)が最小になるように決定される。代表的な強磁性体である鉄の場合、磁壁の厚みは約1000万分の1メートル程である。磁区の形と配置は強磁性体の応用面においてきわめて重要な因子となるが、強磁性体の形状、磁気異方性の大きさ、自発磁化の大きさなどを調整することにより制御することができる。
[永田勇二郎]
『太田恵造著『磁気工学の基礎1、2』(1973・共立出版)』▽『近角聰信著『強磁性体の物理』上下(1978、1984・裳華房)』▽『加藤哲男著『技術者のための磁気・磁性材料』(1991・日刊工業新聞社)』▽『近桂一郎・安岡弘志編『丸善実験物理学講座6 磁気測定1』(2000・丸善)』
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強磁性体は通常多数の小さな領域に分かれていて,それぞれの領域には自発磁化が存在する.この小さな領域を磁区という.強磁性体の消磁状態では,それぞれの磁区の自発磁化の方向がまちまちなので,自発磁化は互いに打ち消されて,強磁性体全体としては磁化は存在しないようにみえる.磁区と隣りの磁区との境界を磁壁という.強磁性体に磁区が存在する理由は,強磁性体全体が一つの領域になっているよりは,多数の磁区に分かれているほうがエネルギーが低くなるからである.磁区の大きさは,強磁性体の静磁エネルギー,磁気異方性エネルギー,磁ひずみに伴う弾性エネルギーの合計を最小にするように決められる.したがって,磁区の大きさは物質によって異なるだけでなく,同じ物質でも試料の大きさや形状にも依存する.磁区の存在を最初に予言したのはP. Weissである.[別用語参照]磁化過程
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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