祈年祭(読み)きねんさい

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

祈年祭
きねんさい

神祇官,国府において穀物の豊作る祭り。「としごいのまつり」ともいう。中祀式日は毎年旧暦2月4日。当日官庁の執務は中止。『延喜式』によれば,祭神は全部で 3132座。このうち神祇官で祭る神は 737座で,案上 (あんじょう) の官幣にあずかる大社 304座,案下 (あんげ) の官幣にあずかる小社 433座。また国司の祭る神 (国幣社) は 2395座で,大社 188座,小社 2207座。祭りには散斎3日,致斎1日の潔斎を行う。儀式は中臣が祝詞 (のりと) を読み,忌部幣帛 (へいはく) を分け,特に大和国御歳神 (みとしのかみ) には,白鶏白猪,白馬を奉納する。

祈年祭
としごいのまつり

祈年祭」のページをご覧ください。

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百科事典マイペディアの解説

祈年祭【きねんさい】

〈としごいのまつり〉とも。年の初めにその年の穀物の豊穣を祈る宮中の祭。春に田の神を山から迎え,秋に再び山へ送るという農耕儀礼が,8世紀ごろから宮廷儀礼としても行われるようになったもの。2月4日に行われたが,中世以降中絶。明治以後復活されたが,戦後廃止。
→関連項目皇室祭祀祝詞

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世界大百科事典 第2版の解説

きねんさい【祈年祭】

年穀の豊穣と国家の安泰を祈る祭り。年のはじめに豊作を願う春祭と同意。訓読して〈としごいのまつり〉ともいう。その起源は律令以前にさかのぼる春の予祝儀礼にあると思われる。それは当時祈年祭にあたって,御年皇神(みとしのすめがみ)に〈白馬・白猪・白雞〉を献ずるのが例であったが,その理由について《古語拾遺》がきわめて呪術的な起源説話を載せているところから推察できる。しかし,祈年祭それ自体は古来の伝統的祭祀をふまえて,律令制確立とともに始まったと見てよい。

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世界大百科事典内の祈年祭の言及

【皇室祭祀】より

…神武天皇の即位日とされる2月11日の紀元節祭は73年,春秋二季に祖霊を祭る皇霊祭,諸神を祭る神殿祭は78年に新設されたが,紀元節祭は1948年の紀元節廃止により停廃された。
[小祭]
 1月1日の歳旦祭,2月17日の祈年祭,11月3日の明治節祭,12月中旬の賢所御神楽,天皇誕生日の天長節祭,先帝以前3代の例祭(命日),先后および母后の例祭,歴代天皇の式年祭が小祭である。このうち祈年祭は神祇令所載の古い祭典で,毎年2月4日豊作を祈願して全国の神社に奉幣するものであるが,宮中三殿においても2月17日に祭典を行うことが皇室祭祀令に定められた。…

【春祭】より

…祭りは本来季節をもたらす行事であるから,季節感覚に先行する傾向がある。古代律令制で神祇官所祭の四時祭では,仲春2月の祈年(としごい)(祈年祭(きねんさい))と季春3月の鎮花(はなしずめ)(鎮花祭(ちんかさい))とが春祭にあたった。祈年のトシの原義は稲穀の実りをいい,春に農事を開始するにあたり御年神に一年の稲作が無事に成就して豊かで平和な年であることを祈る祭りが祈年祭であり,鎮花祭は古来御霊を意味するモノの主である大物主神をまつる大神(おおみわ)神社の神事で,モノを花に見立てモノの飛散が悪疫を流行させぬよう落花を鎮める行事だとされる。…

【祈年祭】より

…その起源は律令以前にさかのぼる春の予祝儀礼にあると思われる。それは当時祈年祭にあたって,御年皇神(みとしのすめがみ)に〈白馬・白猪・白雞〉を献ずるのが例であったが,その理由について《古語拾遺》がきわめて呪術的な起源説話を載せているところから推察できる。しかし,祈年祭それ自体は古来の伝統的祭祀をふまえて,律令制確立とともに始まったと見てよい。…

※「祈年祭」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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