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福山平野 ふくやまへいや

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

福山平野
ふくやまへいや

広島県南東部,芦田川下流域に発達する平野。中心都市は福山市奈良時代には平野周辺の丘陵地までが海で,備後国府外港の役割を果す深津,奈良津の良港があった。その後河川の堆積作用で陸化が進行し,さらに近世初頭には,福山城主水野氏干拓事業を積極的に進め平野を拡大,1960年代以降は広大な埋立て地が付加された。近郊農業,イグサの栽培が行われるが,工場の立地や住宅地化が進み,土地利用の変化は著しい。

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世界大百科事典 第2版の解説

ふくやまへいや【福山平野】

広義には広島県東部を流れる芦田川下流の神辺(かんなべ)平野と芦田川三角州の総称。狭義には福山市の市街地がある後者のみをいう。山地から流れ出た芦田川は府中市で東西に細長い沖積平野を形成する。これが神辺平野であり,北岸側は緩傾斜の合流扇状地帯で,多くの古墳や明瞭な条里制の遺構を残す。古くは神辺平野一帯まで福山湾が湾入していたと考えられており,〈穴の海〉と呼ばれた沼沢地で,排水施設がある今日もしばしば湛水する。

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日本の地名がわかる事典の解説

〔広島県〕福山平野(ふくやまへいや)


広島県南東部、芦田(あしだ)川下流域に広がる平野。中央部に福山市がある。広義には、芦田川中流域の府中(ふちゅう)市南東部から福山市神辺(かんなべ)町付近の沖積(ちゅうせき)平野である神辺平野を含む。狭義の福山平野の60%余を河口付近の干拓地が占める。奈良時代には福山市の市街地付近までが海で、深津(ふかつ)・奈良津(ならづ)は備後(びんご)国府の外港だった。江戸時代から本格的な干拓が始まり、第二次大戦後、箕(みの)島沖まで陸地化。福山港東側も埋め立てられ、日本鋼管(現JFEスチール)製鉄所が進出した。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

福山平野
ふくやまへいや

広島県東部、芦田(あしだ)川の下流域に展開する平野。南西は沼隈(ぬまくま)傾動地塊に、北と東は古生層の丘陵で囲まれている。古代には海岸線はいまよりもかなり内陸の福山(ふくやま)市中部あたりにあったが、その後芦田川の土砂が堆積(たいせき)し沖積平野を形成していった。近世、福山城の築城以後干拓が進められ、川口や新涯(しんがい)などの新田が生まれた。明治末には箕島(みのじま)まで陸続きとなり、さらに昭和40年代に日本鋼管福山製鉄所(現、JFEスチール西日本製鉄所)の設置で箕島沖などが埋め立てられた。[北川建次]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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