16世紀初頭の西ヨーロッパにおいて,宗教改革に先立ちカトリック教会の組織内でその浄化を図り信仰を刷新しようと試みた運動,またその根底にある考え方。すでに中世以来キリスト中心の生き生きとした内面的信仰を復活させようとする〈新しき信心Devotio moderna〉の運動がネーデルラントから北フランスにかけて広まったが,その影響下に育ち,人文主義的方法をも身につけたエラスムスやルフェーブル・デタープルは,従来教会が顧みなかった聖書のヘブライ語・ギリシア語原典や古代教父文学の再検討を通じて,新しいキリスト信仰のあり方を求めようとした。前者の《キリスト教兵士提要》(1504)や《校訂ギリシア語新約聖書》(1516),後者の《旧約詩篇校合》(1509)や《校注聖パウロ書簡》(1512)などはその成果であり,当時多くの人の胸に宿った〈いかに信ずべきか〉という問いに答えるものだった。すなわち前者の説く〈キリストの哲学〉も,後者の説く〈純粋信仰〉も,期せずして同じ結論に達していた。第1にはキリスト教の本質を新約聖書,とくに福音書とパウロ書簡に見いだす点,第2にはその当然の帰結として,信仰生活の根本を聖書に見られるキリストの教えと各個人との直接的・内面的な触れ合いに求め,信仰の内面化と日常生活の浄化とを目ざす点,したがって第3には聖書に根拠をもたぬ伝承や典礼を二義的と見なし,教義の簡素化を主張した点である。福音(書)を最優先するこの考えかたは1510年代から多くの共鳴を呼び,30年代の末にかけて教会を内部から浄化しようとする動きとなって現れる。20年代ルター派の教会分離,とくに40年代以後カルバン派の成立とともに,この運動はカトリック側からも宗教改革派からも異端・危険視され抑圧されるが,その精神は両派の一部に底流として受け継がれていく。なお,聖書主義を特徴とするプロテスタント諸派の考えを〈福音主義Evangelicalism〉と呼ぶ場合もあるので注意が必要である。
→宗教改革
執筆者:二宮 敬
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…フランスのルフェーブル・デタープル,ネーデルラント出身のエラスムスらが掲げたこのキリスト教的ヒューマニズムの理念は,古典研究を通じての人間形成という立場から,やはり聖書を重んじ,キリスト信仰を原初の純粋な姿に立ち戻らせようとする志向において,宗教改革に大きな推進力を提供した。
[ルターの福音主義]
ドイツ中東部の領邦,ザクセン選帝侯国の首都ウィッテンベルクで,アウグスティヌス会の修道士であり大学の神学教授であるマルティン・ルターが,1517年10月31日,贖宥の効力に関する〈九十五ヵ条提題〉を公にしたことが,宗教改革の口火となった。深い罪意識と鋭敏な良心から,律法の遵守や善き〈行い〉(功績)による救いの道を説くカトリシズムの教義に根本的な疑いをいだいた彼は,オッカム神学の研究や上司シュタウピッツを通じての神秘主義との接触,しかし何よりも〈神の言(ことば)〉としての聖書への沈潜の中で,救いの問題の新たな神学的理解へと到達した。…
※「福音主義」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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