犯罪の捜査に、物理学・化学・工学・医学・薬学・生物学などの自然科学のほか、心理学・社会学などの技術・知識を応用した合理的捜査をいう。科学的捜査ともよばれる。科学捜査は以上のような科学技術などの応用のみならず、仮説演繹(えんえき)法などの手法によって、仮説や推理をたて、それを検証するといった方法、態度、思考方法をもって真相を明らかにする捜査でもある。
新憲法およびそれに基づいた、犯罪捜査の手続を定めた刑事訴訟法が大幅に改正され(1948施行)、それに伴って、自白や供述の証拠能力の制限が厳しくなって、客観的な証拠を総合的に検討し、科学的に判断することにより、犯罪事実を認定する物証主義が重視されるようになった。これに伴って、犯罪捜査は、犯罪現場からの証拠収集およびその鑑定が重要な役割をもつようになった。他方、ますます巧妙化する犯罪に対処し、また、科学技術の進歩・発展により、年々新しく開発される工業製品が日常生活に取り入れられることに伴う証拠物件の多様化に対処するためにも、捜査鑑識技術の研究・開発が鋭意進められている。
鑑定についても、X線分析、赤外線・紫外線吸光光度法による薬・毒物の分析、ガスクロマトグラフィーによる油類の分析(火災事件の解明などに使用)が応用され、血液分類による個人識別、血痕(けっこん)・体液などからの血液型判定、わずか数センチメートルの毛髪からの血液型の確認なども大きく進歩している。そのほか、うそ発見器を利用した取調べ、写真光学利用のモンタージュ写真作製、カラー写真の捜査鑑識への全面的利用がある。
また、電子工学・化学を利用した指紋採取方法・装置、コンピュータを利用した盗品捜査・犯罪手口からの犯人割り出しなども広く用いられている。さらに音声(声紋)による個人識別も実用化されている。毛髪中微量成分の分析による個人識別や、発射火薬の中の微量成分の確認による射手鑑別(硝煙反応)も、放射化分析を採用することによって、捜査鑑識に成果をあげている。以上の科学捜査を行うのは、警察庁に設置された科学警察研究所、警視庁・道府県警察本部に設置された科学検査所・鑑識課である。さらに各警察署には鑑識係が置かれ、精密な分析が必要な場合は、科学警察研究所に依頼するなどの処置がとられる。これらの機関は、犯罪捜査にあたっている刑事と協力し、あるいは依頼に応じて、物的証拠の解明に尽くしているのである。
他方、科学捜査の技術の進歩は、麻酔分析、盗聴などにみられる、個人の尊厳やプライバシーの侵害を招きやすい側面をもち、また、適正手続違反をおこしやすいので、これに対しては、令状主義(逮捕・勾留(こうりゅう)・押収・捜索などの場合、裁判所または裁判官の発する令状を必要とする原則)、証拠能力の制限などにより、行きすぎの是正が図られている。
[小松 進]
科学技術を利用した犯罪捜査方法。現行憲法・刑事訴訟法の下で自白や供述の証拠能力の制限が厳格になったこと,地域社会の崩壊により目撃者からの情報を得にくくなったこと等により,物的証拠の必要性が高まり,その収集のために科学捜査が重視されてきている。科学捜査の担い手は,警察庁に設置されている科学警察研究所,警視庁・道府県警察本部における科学検査所や鑑識課,各警察署における鑑識係であり,犯罪捜査に携わる刑事と協力し,またはその依頼に応じて,物的証拠の追究にあたっている。科学捜査の分野は現場鑑識,法医学鑑識,銃器鑑識,火災鑑識,文書鑑識,心理鑑識,写真鑑識,裁判化学鑑識等,多岐にわたる。
都市化に伴い複雑化した犯罪を解明し,犯人にたどりつき,有罪立証に必要十分な証拠を集めるには,科学捜査技術の進歩・発展が必須である。しかし,科学捜査技術の進歩・発展は,胃洗浄,麻酔分析,盗聴,無人速度取締装置等々に見られるように,個人の尊厳・プライバシーの侵害や適正手続違反を引き起こしかねないため,令状主義による歯止め,公訴権濫用論,証拠能力の制限等によって,その行過ぎの抑制が図られている。また犯罪捜査は,物的証拠の収集のみでは終結しえない。それゆえ,科学捜査技術ばかりでなく,仮説を立て検証する態度,推定の幅や確率に留意する等,科学的思考を採り入れた捜査方法こそが重要なのである。
→捜査
執筆者:荒木 伸怡
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