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科学教育 かがくきょういく

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

科学教育
かがくきょういく

科学の教育のことであるが,普通は狭義に自然科学の教育,理科教育をさしていう。科学の成果を単に知識として与えるにとどまらず,自然科学が目的とする客観的な自然法則の認識,またその認識に達する科学的方法,およびそれを自由に使いこなす能力を養うことを基本的な目的とする。

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デジタル大辞泉の解説

かがく‐きょういく〔クワガクケウイク〕【科学教育】

自然科学に関する知識・態度を養う教育。通常は小・中・高校における理科教育、大学その他における自然科学教育をさす。

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世界大百科事典 第2版の解説

かがくきょういく【科学教育】

広義には社会科学や数学の教育をも含めるが,狭義には自然科学の教育のみを指す。自然科学の研究者の養成を目的とする狭義の専門教育と,工業,農業などの専門職業教育の基礎としての専門基礎教育と,一般教育とに分けられる。小・中・高等学校での科学教育は主として一般教育の観点から行われているが,日本では1886年に,文部省の法令で小学校での自然科学関係の教科は〈理科〉という名称のもとに一括され,のち,それが中等教育にも及んで現在に至っているので,自然科学教育のことを理科教育ともいう。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

科学教育
かがくきょういく

諸教育活動のなかで、自然事象や人間の文化・社会を科学的に理解させようとする活動が通常の意味における科学教育である。一般には、自然科学を中心とした教育活動をさすが、今日では社会科学的なアプローチも強く求められている。
 このような科学教育は、学校教育のなかで行われるものと、社会教育のなかで行われるものに大別できるが、さらに、それらはいずれも一般教養を目的として行われるものと、職業的な専門家の育成を目的として行われるものとに区別することができる。
 科学教育が組織的、計画的に行われる場としては、学校教育や企業内教育などがある。社会教育のなかで行われる科学教育の形態としては、博物館、公民館などの各種文化施設において行われるもののほかに、テレビ、ラジオ、新聞などのマスコミュニケーションによるもの、書物、雑誌などの各種刊行物によるものなど数多くある。[木村仁泰]

機能と役割

科学教育は、人間の文化遺産のなかでもとくに自然科学に基礎を置いている。そのため、科学教育は、自然科学研究が培ってきたところの自然認識の科学的方法、およびそれらの所産としての科学的知識に基づいている。すべての人々が一般教養としてこれらの技能や知識を身につけ、それによって実生活の改善に役だて、よりよい人間生活を営むために、科学が貢献できることが期待されている。また種々な場面での意志決定を科学的態度で行い、その重要な論拠として科学的知識が有効に働くことが、一般市民の基礎教養として求められている。他方では、自然科学を中心とする諸科学の維持と発展に科学教育が貢献し、その専門家を養成することも重要な課題である。[木村仁泰]

歴史

ルネサンス以降、西欧の文化、社会、実生活において自然科学は重要な役割をもつようになってきた。19世紀中ごろまでの科学は、キリスト教の教義の説明にも用いられ、好意的に迎えられたが、「地動説」やダーウィンの『種の起原』(1859)に示された進化論は、キリスト教的宇宙観、世界観、人間観の立脚点を揺るがし、キリスト教側のあからさまな反感と嫌悪感をもたらした。これに加えて、古典語を主とした人文的教科の教育をもって学校教育の中核とする教育伝統が支配的であったため、ガリレオ・ガリレイの実験物理学に代表される実験・実証を基礎とする近代科学を学校教育のなかに導入することは困難を極めた。
 思想的には、すでに17世紀の初頭に科学教育に関する考え方が示されている。たとえば、イタリアのカンパネッラは、共産的理想国家を描いた『太陽の都』(1623)のなかで、全住民に対する科学教育を構想した。またコメニウスは『大教授学』(1657)において、学校カリキュラムへ自然科学教育を導入することを構想している。
 今日の教育の一般的原理を説いた人物として知られているルソーやペスタロッチは、科学は教えられるべきものではなく、生徒が自らの研究を通して創造していくものであると考えた。とくに『エミール』(1762)に示されたルソーの「子供に科学を教えるな、彼にそれを創造させよ」という考え方は、現在においても科学教授の黄金律として評価されている。
 科学教育の発見的教授法の理念を示したといわれるディースターベークFriedrich Adolf Diesterweg(1790―1866)と、彼を中心とした教育者たちは、ペスタロッチ主義に基づき、子供の自己活動・直観・発見を原則とする初等科学教育論を展開した。
 また自然科学が今日の社会、文化、実生活において果たしている役割の重要性から説き起こし、それとの関連で一般教育としての科学教育の必要性を啓蒙(けいもう)し発展させたのが、イギリスにおけるチンダル(ティンダル)であり、T・H・ハクスリーであり、H・スペンサーであった。それは1860~1870年代のことである。彼らの顕著な生活経験主義的立場にたった科学教育を、さらに際だった形で具体化しようとしたのが、イギリスの化学者アームストロングH・E・Armstrong (1848―1937)であった。彼の科学教育は「発見的教授法」または「実験室教授法」とよばれ、今日の実験を中心とする科学教育の基礎を築いた。
 20世紀初頭、アメリカの優れた教育哲学者・思想家であるデューイは、『学校と社会』(1900)、『われわれはいかに思考するか』(1910)などの著作のなかにおいて、社会問題の解決に果たす科学の方法の重要性を強調し、生活の改善を中心とした、民主主義社会の建設に有用な科学という立場での科学教育論を展開した。彼の科学教育論は、その後1950年代ごろまで、世界の科学教育に強い影響を与え、初等科学教育や前期中等学校における理科教育としての「一般理科」general scienceに理論的基礎を与えた。アメリカにおいては、それはプロジェクト・メソッドと結び付き、一大教育運動となった。[木村仁泰]

科学教育カリキュラムの改革

科学教育は、産業革命や第一次・第二次世界大戦などを経験することによって、技術、工業、軍事産業などと密接な関連をもって発展してきた。とくに1957年のソ連の人工衛星スプートニクの打上げはアメリカを震撼(しんかん)させ、科学教育カリキュラムの改革を大規模に促進させる起爆剤となった。全米防衛教育法(略称NDEA:National Defense Education Act)の成立(1958)は、国家防衛力の強化と科学教育との密接な関連を如実に物語るものである。
 後期中等教育段階に始まる科学カリキュラム改革は、アメリカにおいては、全米科学財団(略称NSF:National Science Foundation)や各種の私設財団の援助のもとに大規模に展開され、現代自然科学や現代数学と密接に関連したカリキュラムを数多く生み出した。この動きはヨーロッパ諸国にも波及し、イギリスにおいては、ナフィールド財団の資金援助によって初等から後期中等教育に至るナフィールド科学カリキュラムを生み出した。さらに日本を含む多くの国々の科学カリキュラム改革を強く促す結果となった。 一連の科学カリキュラム改革は、大学の自然科学研究者を中心として展開されたために、開発された諸カリキュラムの内容は、現代自然科学の主要な基礎概念と科学の方法とを強調したものとなり、社会における科学の位置づけは重視されなかった。この改革の動きは初等段階にも波及し、ピアジェらの心理学者の知見や、ブルーナーによってまとめられた「どの教科でも知的性格をそのままに保って、発達のどの段階のどの子供にも効果的に教えることができる」という仮定に基づいて、科学主義的な初等科学カリキュラムを生み出した。開発された初等科学カリキュラムは児童の活動を中心に置き、指導目標は「行動目標」として記述された。
 これらの一連の科学カリキュラムは、教育現場のなかから生まれたものでなかったことや、あまりにも科学主義的であることなどのために、改革は完全な成功を収めたとはいえなかった。しかし科学カリキュラム開発の組織・開発の方略などは重要な遺産となり、以後のカリキュラム改造のモデルとなった。1950年代から始まり、1970年代のなかばにかけての科学カリキュラム改革の動きは、まさに世界的に大きな活動であった。このような科学カリキュラム改革運動を可能にした背景は、これまでに比類のない世界経済の発展であった。しかし、その後の世界経済の停滞とともに改革の熱意も急速に衰えてきている。[木村仁泰]

今後の役割

科学技術の目を見張るような進展に伴い、人類は今日までいろいろな問題を数多く解決してきた。しかし、1970年代以降、地表における環境の悪化は、地球的規模となり、エネルギーの確保、食糧危機、人口増大への対応、原子核エネルギーの適切な利用、遺伝子組換えなどにみられる生命に対する倫理など、人類の生存にかかわる重大な事項がわれわれに解決を求めてきている。しかもいずれの問題も一部の人々による意志決定では解決できない複合的な問題であり、まさに人類の英知が求められている。こういった認識に基づいた科学教育改革はすでに始められ、科学カリキュラムの総合化、学際化、人間主義化という傾向を生んでいる。ユネスコやOECD(経済協力開発機構)などの国際機関も総合的科学カリキュラムの開発とその実施に向けて積極的な努力を始めている。さらに、この種の総合的科学カリキュラムを学校教育のなかにどのように組み込んでいくかの研究も、同時に必要な課題となっている。また科学教育は、学校教育のなかだけでなく、広く社会教育や生涯教育のなかでも重要な役割を果たすことが期待されている。[木村仁泰]
『木村仁泰編著『理科教育学原理』(1973・明治図書出版) ▽学校理科研究会編『世界の理科教育』(1982・みずうみ書房) ▽森川久雄編著『教育学講座12 理科教育の理論と構造』(1979・学習研究社)』

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世界大百科事典内の科学教育の言及

【理科教育】より

…そこで,理科教育といえばふつう初等・中等教育での自然科学の教育をさすが,〈理科は自然科学を教える教科でなく,自然そのものを教える教科だ〉といった議論も根強く,簡単ではない。日本の科学教育は,1872年の〈学制〉〈小学教則〉などによって国家的に制度化されたが,それは福沢諭吉ら洋学者たちの文明開化の思想を反映したものであった。福沢は,日本人から封建的な思想を排除するには近代科学の物質観,科学観の教育がもっとも大きな力になりうるとみていたのである。…

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