日本大百科全書(ニッポニカ) 「稲武」の意味・わかりやすい解説
稲武
いなぶ
愛知県北東部、東加茂郡(ひがしかもぐん)にあった旧町名(稲武町(ちょう))。現在は豊田(とよた)市の北東部を占める一地区。矢作(やはぎ)川上流の山村。1940年(昭和15)稲橋(いなはし)村と武節(ぶせつ)村が合併して町制施行。2003年(平成15)稲武町は北設楽(きたしたら)郡から東加茂郡へ編入。広域市町村圏も従来の新城南北設楽広域市町村圏から豊田加茂広域市町村圏に変更された。2005年豊田市に編入。飯田(いいだ)街道(国道153号)の旧宿場の武節は細長い街村状の買物町。また、国道257号が岐阜県へ通じている。明治初年に豪農古橋暉皃(てるのり)・義真(よしざね)父子らの先覚者によって産業、教育が盛んになり、人工林、産馬講習所、教育では郷(ごう)学校明月清風(めいげつせいふう)校がつくられた。また、暉皃らが収集した遺墨を収蔵した古橋懐古館は、江戸末期~明治初期の志士たちの書画と民俗資料などが多い。井山(いやま)百年計画植樹地には、名古屋市野外教育センターがある。
[伊藤郷平]
『『稲武町史』全4巻(1996~2000・稲武町)』