竹原[市](読み)たけはら

百科事典マイペディアの解説

竹原[市]【たけはら】

広島県南部の市。1958年市制。大半が山地で,賀茂川沿いと瀬戸内海沿岸に平地があり,中心市街の竹原は賀茂川沖積平地に発達。呉線,山陽自動車道が通じる。江戸時代塩業が盛んで,竹原塩として知られた。銅製錬所があり,酒造,赤煉瓦製造,造船も行われる。東部の忠海(ただのうみ)町は古くからの良港で,三次(みよし)藩の外港でもあった。長浜沖の埋立地には火力発電所がある。安芸の小京都とよばれる江戸時代そのままの町並みは,国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されている。スナメリクジラ回遊海面(天然記念物),大久野(おおくの)島頼山陽の生地でその旧宅がある。118.23km2。2万8644人(2010)。
→関連項目竹原塩田

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世界大百科事典 第2版の解説

たけはら【竹原[市]】

広島県中部,瀬戸内海に面し,大久野島,阿波島などを含む。1958年に竹原町と忠海町が合体,市制。人口3万3451(1995)。市域の大部分は標高300~500mの中起伏山地で,中央を南流する賀茂川下流の小平地に古い市街地がある。平安時代には荘園竹原荘が成立,鎌倉期以降は竹原小早川氏の本拠であった。江戸時代は広島藩領で,大規模な入浜塩田が経営され,また藩の年貢米を集積,大坂へ回送する港として発展した。

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世界大百科事典内の竹原[市]の言及

【竹原塩田】より

…江戸時代,現在の広島県竹原市につくられた入浜塩田。安芸国賀茂郡竹原下市(しもいち)村では1646年(正保3)2月から翌年にかけ,郡代官鈴木四郎右衛門主導下に大新開(おおしんがい)が干拓されたが,その一部を塩田に改築することになり,播州赤穂から2人の技術者を招いて塩浜1軒を試作した。…

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