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愛媛県北部,今治市の北方約15kmにあり,大山祇(おおやまづみ)神社の鎮座する島として有名。かつては越智(おち)郡大三島町と上浦町からなっていたが,2005年合併により今治市の一部となる。面積約65km2で芸予諸島中第1位,瀬戸内海でも4番目の島である。内海交通の要衝として古代から海上活動が盛んで,この地方の豪族越智氏と河野氏が率いる三島水軍は中世に軍事上・交易上大きな役割を果たすが,大山祇神社はその守護神として崇敬された。花コウ岩の風化土が多く,天井川をなす河川もみられ,かんきつ類の栽培が中心産業である。島全体が名勝に指定され,鷲ヶ頭(わしがとう)山(437m)からの眺望が良い。島の西側の旧大三島町は〈オレンジと国宝の町〉とよばれ,大山祇神社には全国の武具甲冑(かつちゆう)類の国宝,重文級の約8割がある。東側の旧上浦町の井口には県指定天然記念物の小ミカンが,瀬戸の向雲寺には県指定史跡の甘藷地蔵がある。1979年5月に伯方(はかた)島との間に本州四国連絡橋今治~尾道ルートの大三島橋(支間長297mのアーチ橋)が完成した。
執筆者:穐岡 謙治
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愛媛県北部、芸予諸島中最大の島。今治(いまばり)市上浦(かみうら)町地区と同市大三島町地区からなる。周囲約59キロメートル、面積64.53平方キロメートルで、最高峰は鷲ヶ頭(わしがとう)山(436メートル)。両地区の境界は脊梁(せきりょう)山地で、これらの山地は領家(りょうけ)変成岩や細粒花崗(かこう)岩からなり急傾斜をなすが、標高100メートル以下の地帯では、花崗岩の風化でできた砂質土壌で緩傾斜となり、乾燥地形の一種であるペディメントとする説もある。傾斜地では柑橘(かんきつ)類の栽培が盛んである。大三島橋(1979年完成)が伯方(はかた)島と、多々羅(たたら)大橋(1999年完成)が生口(いくち)島と結び、それぞれ本州四国連絡橋尾道(おのみち)―今治(いまばり)ルート(西瀬戸自動車道=瀬戸内しまなみ海道、1999年5月全通)の一部をなす。人口7838(2000)。
[深石一夫]
愛媛県北部、越智郡(おちぐん)にあった旧町名(大三島町(ちょう))。現在は今治市(いまばりし)に属し、芸予諸島の大三島の西部を占める地域。旧大三島町は、1955年(昭和30)宮浦、鏡の2村が合併して町制施行。1956年岡山村を編入。2005年(平成17)上浦(かみうら)町など8町2村とともに今治市に合併。宮浦は日本総鎮守と称される大山祇神社(おおやまづみじんじゃ)の門前町。神社には源頼朝(よりとも)、義経(よしつね)らが奉納した武具が多数あり、国宝・重要文化財も多い。水に乏しいが、温州(うんしゅう)ミカン、ネーブルの産地として有名。
[横山昭市]
『『大三島町誌』(1988・大三島町)』
年齢を問わず、多様なキャリア形成で活躍する働き方。企業には専門人材の育成支援やリスキリング(学び直し)の機会提供、女性活躍推進や従業員と役員の接点拡大などが求められる。人材の確保につながり、従業員を...
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