幕末・明治初期の洋学者、法学者。弘化(こうか)3年7月29日江戸に生まれる。父省吾(1821―1846)は津山藩士、蘭医(らんい)箕作阮甫(げんぽ)の弟子で、その三女をめとって嗣子(しし)となった地理学者。麟祥は若くより漢学、蘭学、英学を学び、蕃書調所(ばんしょしらべしょ)に出仕し、洋学教授手伝や通訳などを務めた。1867年(慶応3)フランスに留学、翌年帰国後は明治新政府に仕え、司法卿(しほうきょう)江藤新平(えとうしんぺい)のもとで、フランス諸法典の翻訳、紹介にあたった。1873年(明治6)ボアソナード来日後は、彼と協力して旧民法などの法典編纂(へんさん)に従事、「動産」「不動産」などの訳語も考案した。『明六雑誌(めいろくざっし)』に「リボルチーの説」などを寄稿して、啓蒙(けいもう)活動を行った。司法大丞(だいじょう)、太政官(だじょうかん)大書記官、元老院議官、司法次官、行政裁判所長官などを歴任、また1890年からは貴族院議員に勅選された。大井憲太郎、中江兆民などは彼にフランス語を学んだ。訳書に『佛蘭西法律書(フランスほうりつしょ)』(1870~1874)、『泰西勧善訓蒙』(1871)などがある。明治30年11月29日死去。
[長尾龍一]
『大槻文彦著『箕作麟祥君伝』(1907・丸善)』
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明治期の法律学者,法学博士。江戸の津山藩邸に生まれる。蘭学の大家箕作阮甫の孫で,父は省吾。蕃書調所英学教授手伝並出役,外国奉行支配翻訳御用頭取を経て,1867年(慶応3)パリ万国博覧会に際し徳川昭武に随行して,フランスに留学する。明治維新後69年(明治2)家塾を開く。門下生に呉文聡,大井憲太郎,中江兆民らがいる。70年翻訳御用掛に制度取調兼勤となり,以後その後半生をフランス民法典をはじめ西洋法律書の翻訳に従い,ボアソナードらとともに旧民法その他の起草に参画するなど,明治政府の法典編纂事業を根底から支えつづけた。民権・動産・不動産・未必条件・治罪法・憲法などの訳語を考案し,フランス法理論の基礎をなす自由・人権思想を理解し,〈国政転変ノ論〉の訳稿で人民の抵抗権・革命権を認めるなど,法学官僚としても異色の存在であった。この間,明六社に参加して啓蒙活動を行い,東京学士会院会員,元老院議官,司法次官,貴族院議員などを歴任した。著書は翻訳書がほとんどであるが,近代日本法学史上の先駆者としての地位は高い。
執筆者:佐藤 能丸
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(中野実)
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1846.7.29~97.11.29
明治期の洋学者・法学者。法学博士。地理学者箕作省吾の子。江戸生れ。家で蘭学・英学を学び,開成所などに出仕。のちフランス学も修める。明治維新後新政府に出仕し,1869年(明治2)翻訳御用掛,大学中博士。77年司法大書記官,翻訳課・民法編纂課課長,民法編纂委員,84年から商法などの編纂委員を務め,法典整備に貢献。明六社で啓蒙活動にも尽力。88年司法次官。90年和仏法律学校校長。
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…〈学校制度〉の略称として用いられる場合もあるが(学制改革論など),歴史的には,1872年(明治5)から翌73年にかけて数次にわたり文部省布達をもって公布された,日本最初の全国規模での施行をめざした教育制度法令の名称。1871年廃藩置県直後に創設された文部省は,日本の近代化の早急な実現をめざす基本的手段の一つとして,まず全国規模での学校制度の立案を計画し,71年12月箕作麟祥ら洋学者を中心とする12人の〈学制取調掛〉を任命し,翌72年1月には大綱を決め3月下旬案文をととのえて太政官に上申し,6月下旬にその決裁を得て,8月3日文部省布達をもって最初の109章(条)を公布し,以後73年7月までに全213章を公布した。太政官での文部省上申案の審議をめぐり,岩倉使節団の訪欧米中に重大な国内改革をすべきでないとする井上馨,板垣退助らと,一挙に〈学制〉の公布をめざす大隈重信,大木喬任らとの対立があり,また太政官の裁可後も教育への国庫補助金額をめぐって大蔵・文部両者の折合いがつかず,2ヵ月延長したうえ,該当条文字句を欠字のまま公布をみた。…
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[近代]
短期間に西欧の文化を受容しようとした明治政府は,さまざまな試行を続けたが,その一つに,イギリスの小百科事典《Chambers’s Information for the People》の翻訳があった。1873年に計画されたこの国家事業は,箕作麟祥(みつくりりんしよう)らを中心とし,多額の費用を投入して進められた。訳稿は《厚生新編》と同様に,部門別にまとめ,電気編,交際編,経済編というような形で順次木版本で刊行され,全体を《百科全書》と名付けた。…
※「箕作麟祥」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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