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紀伝体 きでんたい ji-zhuan-ti; chi-ch`uan-t`i

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

紀伝体
きでんたい
ji-zhuan-ti; chi-ch`uan-t`i

編年体,紀事本末体とともに中国歴史叙述の一形式。皇帝の伝記である本紀,臣下の伝記,諸外国のことを記した列伝を中心に,表 (年表,世系表,人名表など) ,志 (本紀列伝に入らない社会の重要事項,礼,楽,暦,天文,五行,食貨,刑法,地理,職官など) が加えられている。

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デジタル大辞泉の解説

きでん‐たい【紀伝体】

歴史記述の一形式。本紀(ほんぎ)(帝王の年代記)・列伝(臣下の伝記)・志(社会の現象)・表(年表や系譜など)から成るが、本紀と列伝が中心なのでこの名がある。「史記」に始まり中国の正史形式の標準となった。→編年体紀事本末体

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百科事典マイペディアの解説

紀伝体【きでんたい】

中国における歴史叙述の一形式。司馬遷が《史記》において創始,班固の《漢書》が継ぎ,歴代の正史はみなこの形式を踏襲する。本紀,列伝,表,志などよりなる。本紀は帝王の事跡,列伝は主要人物の伝記と外国の記事,表は年表および世系表,志は社会,制度,文化など各般のことをしるす。
→関連項目後漢書正史大日本史

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世界大百科事典 第2版の解説

きでんたい【紀伝体 jì zhuàn tǐ】

中国,歴史叙述の形式の一つで,編年体,紀事本末体と併せて史の三体という。司馬遷の《史記》に始まる形式である。《漢書》以下の正史がこの形式を踏襲するため,《隋書》経籍志では紀伝体の史書をすべて史部正史類に分類するのであって,正史の体ともいう。天子の伝記や国家の大事を記す本紀,臣下の伝記や諸外国の出来事を記す列伝,地理,法制,経済などの重要な事項をまとめた志,年表,功臣表などの表よりなるが,志,表は欠けることもある。

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大辞林 第三版の解説

きでんたい【紀伝体】

歴史記述の一形式。各人物ごとの事績を中心に歴史記述を行うもの。「史記」に始まり、中国の正史編纂の正統な形式とされる。普通、本紀(帝王の伝記)・列伝(臣下などの伝記)・志(地理・礼楽など)・表(各種の年表)からなり、志・表を欠く場合もある。 → 編年体紀事本末体

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

紀伝体
きでんたい

中国、前近代の基本的な歴史叙述の形式。司馬遷(しばせん)の『史記』で創案された体裁であり、後の「正史」に受け継がれた。紀(本紀(ほんぎ))は年代記、伝(列伝(れつでん))は人物史である。『史記』『北史(ほくし)』『南史(なんし)』などの通史の場合の本紀は、各王朝の大筋の歴史、または帝王ないしはそれに準じる者の事跡を編年体で記す。『漢書(かんじょ)』などの断代史の紀は、皇帝ごとの年代記としての帝紀(ていき)となる。正史の場合には、紀と伝のほかに、各種年表の表(ひょう)、制度・学芸・経済などの分野別の歴史である志(し)・書(しょ)、諸侯・群雄を別項としてたてる世家(せいか)などの部分が加えられることもあり、外国史は一般に伝の部分に編入された。[尾形 勇]
『『支那史学史』(『内藤湖南全集11』所収・1969・筑摩書房)』

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世界大百科事典内の紀伝体の言及

【史記】より

…なお,現行本《史記》の中には,司馬遷の原文が失われて,後人の書き加えた部分が若干存在する。 《史記》の記述形式は,このように年代記,年表,問題史,伝記など,多くの歴史記述の形式を部類別に整然と統合したもので,みごとな構成を示しており,《史記》をついで後漢時代の初めに書かれた《漢書(かんじよ)》以後,〈書〉の部分は〈志〉に改められたり,〈世家〉の部類はなくなったりするが,〈本紀〉と〈列伝〉とを本質的な構成要素とするこの記述形式は〈紀伝体〉とよばれて,以後2000年にわたる中国の正史(正統と認められた歴史記述)はこの〈紀伝体〉によって書くべきものとされた。ただ,以後の正史はすべて一つの王朝か,またはいくつかの王朝をまとめた断代史となり,《史記》のような通史ではなくなった。…

【通鑑紀事本末】より

…司馬光の《資治通鑑(しじつがん)》をいったん解体し,戦国時代から五代に至る1362年間の歴史を239篇の〈事〉(歴史事象,できごと)に再編成し,それぞれの本末(てんまつ)を記したもの。もともと中国の歴史記述の様式には紀伝体と編年体があるが,前者は各パートが独立しているため,同一の〈事〉が重複して現れることがあるし,後者は時間が主で〈事〉が従であるため,複数の〈事〉が並行して記述されたり,ひとつの〈事〉がしばしば寸断される結果,〈事〉をひとまとまりとしてとらえがたいという欠点がある。袁枢はここに第三のスタイルとして紀事本末体を創案し,その克服を図ったのである。…

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