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明経道 みょうぎょうどう

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

明経道
みょうぎょうどう

律令制大学寮における4学科の一つ。中国の経学を修める課程。教官として博士,助教,直講があり,『周易』『尚書』『三礼』『毛詩』『春秋左氏伝』『孝経』『論語』を教えた。平安時代,大学寮の衰微とともに衰え,清原,中原両家の家学となった。

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デジタル大辞泉の解説

みょうぎょう‐どう〔ミヤウギヤウダウ〕【明経道】

律令制大学寮での四道の一。論語孝経などの経書を学ぶ学科。奈良中期に文章(もんじょう)道明法(みょうぼう)道が分立。平安以後は文章道に圧倒された。みょうぎょう。めいけいどう。

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百科事典マイペディアの解説

明経道【みょうぎょうどう】

律令制下の大学寮における四道の一つ。《論語》《孝経(こうきょう)》などを中心に経学(けいがく)を修める学科。初めは経学のみが本科であったが,奈良中期に文章(もんじょう),明法(みょうぼう)の二道が分離独立し,平安時代に入って経学も明経道の名で呼ばれるようになり,算道を加えて四道と称された。
→関連項目紀伝道大学寮

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世界大百科事典 第2版の解説

みょうぎょうどう【明経道】

律令の学制において,中国の経学を修める課程。本来,令制ではこの経学のほかには主要な課程はなく,学生400人はすべてこの課程をふむ定めで,教官としては博士(はかせ)1人,助教2人があり,教科書《周易》《尚書》《三礼》《毛詩》《左伝》《孝経》《論語》などである。学生は修業後は国家試験の成績に応じて官吏に登用される規定であったが,このコースはきわめて困難なものであった。奈良時代中期ころから,教官として直講(ちよくこう)2人が増置されたが,しだいに紀伝道(きでんどう)が分離独立してくると,明経道の名称が経学課程に付けられるようになり,博士も明経博士(〈大学博士〉とも〈大博士〉ともいう)と称することになった。

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大辞林 第三版の解説

みょうぎょうどう【明経道】

律令制における大学寮の学科の一。儒教の経学を専攻する。平安時代以降、紀伝道が盛んとなるにしたがい次第に衰え、教官の世襲化が強まり、中原・清原両氏の家学となった。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

明経道
みょうぎょうどう

大学寮の一学科であるが、一般科ないし予科的性格をもつ。中国の経学(けいがく)を修めるもので、職員令(しきいんりょう)に規定された400人の学生すべてがここに所属する。令制教官は3名、のち5名に増員された。『周易(しゅうえき)』『尚書』『周礼(しゅらい)』『儀礼』『礼記』『毛詩』『春秋左氏伝』『孝経(こうきょう)』『論語』などを学び、律令官人に必要な儒教思想を身につけることを求められた。学生はまず音博士(おんはかせ)について教科書の音読を学び、ついで博士、助教について講読を受けた。旬ごとに1日の休仮(暇)(きゅうか)を与えられたが、休仮の前日に博士の考試を受けねばならず、また1年の終わりには大学頭、助の試を受け、大義八条を問い、二経以上に通ずるものは官吏に推薦された。明経道を専攻的に学んだ著名人に空海、藤原三守(みもり)、忠貞王などがおり、空海の伝には、大学に経遊し、直講味酒浄成(うまききよなり)について『毛詩』『左伝』『尚書』を読み、岡田博士に『左氏春秋』を問うた、とある。9世紀段階までの明経道教官にはさまざまな卑姓出身者が知られるが、10世紀末になると中原、清原両氏が明経道博士家として固定してくる。
 また学生は教官の経書講説を終えると式部省頭、助の試である明経試を受けることが令の規定であるが、10世紀初めに至ると、明経得業生(とくごうしょう)となったものが明経試を受けるのが原則となった。[森田 悌]
『桃裕行著『上代学制の研究』(1947・目黒書店)』

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