コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

細倉鉱山 ほそくらこうざん

3件 の用語解説(細倉鉱山の意味・用語解説を検索)

百科事典マイペディアの解説

細倉鉱山【ほそくらこうざん】

宮城県鶯沢町(現・栗原市),栗駒山南東麓にあった鉛・亜鉛鉱山。大同年間(806年―810年)の発見という伝承があり,江戸期には仙台藩の銀・鉛鉱山として繁栄。鉱脈は180を超え,1934年三菱鉱業の所有となってからは,年間の採掘量1800万t,生産鉱石は鉛25万t,亜鉛72万tに及ぶ日本有数の鉱山であった。
→関連項目鶯沢[町]

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. ご提供する『百科事典マイペディア』は2010年5月に編集・制作したものです

世界大百科事典 第2版の解説

ほそくらこうざん【細倉鉱山】

宮城県栗原郡鶯沢(うぐいすざわ)町にある鉛・亜鉛鉱山。1987年2月に閉山。9世紀の大同または貞観年間の発見と称されるが,江戸時代には仙台藩の所有となり,33ヵ所に分割されて採掘が行われた。第三紀中新世の緑色凝灰岩変朽安山岩および流紋岩から成る母岩中に,多数の浅熱水性割目充てん鉱床が知られている。最大脈幅10mに達する部分もあるが,大部分は2m程度以下であるため,大規模な採掘方法がとりにくく,シュリンケージ法,充てん採掘法,一部で中段採掘法などにより,主として方鉛鉱,セン亜鉛鉱,黄鉄鉱から成る鉱石を採掘し,山もとの製錬所へ送っていた。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

細倉鉱山
ほそくらこうざん

宮城県北西部、栗原(くりはら)市鶯沢(うぐいすざわ)にある鉛・亜鉛鉱山。栗駒山(くりこまやま)南東麓(ろく)に位置する。採掘の開始は天正(てんしょう)年間(1573~1592)からで、近世には仙台藩が開発、経営し、最初は銀を採掘したが、その後鉛の生産が増加した。元禄(げんろく)期(1688~1704)には銀・銅製錬の材料としての鉛の需要が増え、鉱山は隆盛期を迎えた。仙台藩では運上をとって山師経営を許可し、鉛の地金を買い上げて問屋に払い下げていた。明治以降は近代的経営により1895年(明治28)には鉛の年間生産額は全国一となった。その後、亜鉛需要の増加により好況を迎えた。共立鉱業、三菱(みつびし)鉱業と経営体は変化し、昭和30年代のピーク以後産出量は減少。1987年(昭和62)閉山した。現在は鉱山跡を利用した観光施設細倉マインパークとなっている。[後藤雄二]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典内の細倉鉱山の言及

【鶯沢[町]】より

…町は二迫川沿岸の水田農村である鶯沢地区と,鉱山集落を主とする細倉地区に分かれる。細倉鉱山は江戸時代に仙台藩により開発が進められ,1934年以降は三菱鉱業によって鉛,亜鉛や硫化鉱の採掘,精錬が行われてきた。最盛時は3000人をこす従業者を擁したが,70年代中ごろから合理化,生産縮小され,87年閉山した。…

※「細倉鉱山」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

細倉鉱山の関連キーワード栗原鶯豆鶯餅老い鶯藪鶯山鶯恋のうぐいす恋の夜鳴きうぐいす鶯娘

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone

細倉鉱山の関連情報