絞り染め(読み)しぼりぞめ

日本大百科全書(ニッポニカ) 「絞り染め」の意味・わかりやすい解説

絞り染め
しぼりぞめ

模様染めの一種で、必要な部分の布帛(ふはく)をつまんだり畳んだりしてこれを縛り、縫い締めまたは木片などで挟み締めて、染液がそこへ浸透しないようにして染める方法。「ろう」や糊(のり)などのような付着防染に対して、圧力防染ということができる。染めは原則として浸染であり、一色染めが多いが、一つの色の上に別の色を重ねては、縛りを解いたり加えたり、あるいは部分的に染液に浸(つ)けたり、ときには刷毛(はけ)で塗り染めをしたりして、多色染めをすることも行われる。このように絞り染めの技法は、原則的に非常に素朴なものであるから、古くから世界の各地に広い分布度をもって行われてきた。極言すれば、布そのものを織る技術が発達しなかったオセアニアメラネシアポリネシアミクロネシアなど)の島を除いては、ほとんどの地方で行われていたといってよい。そしてその技術は、ある中心地から伝播(でんぱ)していくケースに対し、各地で単独に発生し、発達してきたものも少なくないと思われる。産地のなかで、その技術がとくに古くから発達し、また現在も盛んに行われている所としては、インド、中国、ペルーインドネシアアフリカ、日本などをあげることができる。

 インドの絞り染めは、古くアジャンタの洞窟(どうくつ)の壁画などにもみられ、現在でもその国内での生産地の多いこと、使用範囲の広さなどでは、世界における絞り染め生産の中心地といえるであろう。生産の中心は中北部ラージャスターンおよびグジャラート州で、技法としては細かい一目絞りと、縫い締め絞りに部分染めによる華やかな色づけをしたものが多いが、なかにラージャスターンのジャイプルを中心とした地方で、ラハリアlahariaといわれる縞(しま)や格子の絞り染めは、薄手の木綿の裂(きれ)を斜めに強く引いて巻き、これに糸をかけて、一見、絞り染めとは思えぬような直線模様を表した、珍しいものである。中国の絞り染めには、古く中央アジアの遺跡などから発掘されたものがあり、日本にも纐纈(こうけち)としてその技術が伝えられたが、その後はあまり目だった発展はみられずに現在に至っている。ペルーのプレ・インカ時代の絞り染めには、強撚糸(きょうねんし)を用いた弾力のある薄手の木綿糸をつまんで絞ったものがあり、また毛織物に絞った多色なものもあるが、現在はあまり行われていない。インドネシアのものでは、スマトラの多色な絞り染めが知られているが、インドのものに酷似しており、同地からの技術の伝播が想像される。アフリカの絞り染めは、現在西アフリカのナイジェリア地方の藍(あい)染めの木綿布の絞り染めが知られており、雄渾(ゆうこん)な渦巻や同心円の括(くく)り絞りのほかに、裂地をいろいろに折り畳んでミシンを用いた縫い絞りは、素朴ななかに力強い迫力をもったものが多い。

 日本の絞り染めは、現在、絣(かすり)とともにその技術の豊富さと精緻(せいち)さに関しては、世界にその比をみない。日本の絞り染めのもっとも古い現存資料は、正倉院裂のなかにある数種の纐纈で、括り絞りのほかに簡単な縫い締め絞りもあり、またさまざまに折り畳んだ裂の両面から木片で挟んで染めた板締め風な絞り染めもある。

 日本の絞り染めが大きな発展を遂げたのは、平安時代以来の貴族服飾における織物一辺倒の時期が過ぎて、それまで庶民の間に残ってきた素朴な絞り染めが、服飾に対する唯一の模様染めの技術として用いられ始めた室町時代以後のことで、辻が花(つじがはな)染めは、その初期における代表的なものといってよいであろう。辻が花染めが桃山末期に消滅してから、絞り染めは、小袖(こそで)の地の染め分けに用いられたり、刺しゅうとともに、江戸前期から中期初頭ごろまでの小袖染織に多く用いられたが、その後友禅染めが発達するに及んで、絞り染めは、一方に、京都を中心とした精細な匹田(ひった)絞りを主とした高級なものになり、他面、尾張(おわり)の有松(ありまつ)、鳴海(なるみ)地方で地方的な木綿絞りとして発達し、藍染めの浴衣(ゆかた)地として、街道筋で旅人相手に売りさばかれた。そのために、非常に多くの手法も開発され、辻が花染め以来の絞り染めの技術の伝統は、むしろこうしたなかに残されていったといってよい。

 技法としては、つまみ絞り系の三浦絞り、らせん絞り、蜘蛛(くも)絞りなどから、縫い締め系の木目絞り、養老絞り、唐松(からまつ)絞り、白影(しらかげ)絞り、板締め風な雪花(せっか)絞りなどがあり、大きな白場(しろば)を残すためには、絞った中に芯(しん)(帽子)を入れて包み込み、または桶(おけ)の中へ染め残す部分を入れて密封し、染める部分だけを外へ出して締め付けて浸染する、桶出しの方法なども行われた。明治以後はこれにさらにくふうが加えられて、動力を用いて糸がけをしたり、太い丸太に生地を巻いて糸をかけ、一端からこれを押し付けてひだを寄せて染める嵐(あらし)絞りや、糸のかわりに竹の輪やゴムなどを用いる方法も現れた。そして京都の絞り染めとの技術的な交流も行われ、日本の絞り染めは空前の大発展を遂げたが、一方、大資本による流通機構の発達とともに、売れるものへの重点指向が強調され、伝統的なりっぱな技術のもののいくつかが、このために次々と廃絶していった。

[山辺知行]


出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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