美濃国(岐阜県)を原産とする紙の総称。美濃はもっとも古くからの和紙の名産地で、702年(大宝2)の『正倉院文書』の戸籍用紙は、わが国で現存する最古の和紙であるが、そのなかでも美濃国(当時は御野国と書いた)の紙は、筑前(ちくぜん)国(福岡県)や豊前(ぶぜん)国(大分県)のものよりも紙質が優れており、製紙に関しては平安時代でも美濃国が他国をしのいでいたことを示す文献が多い。応仁(おうにん)の乱(1467~1477)後、美濃一帯を統治した土岐成頼(ときしげより)の施政により、中世以降この地方の一大産業としての地位を確保した。京都へ送られた美濃紙は、当時の五山の禅僧の詩文に多く表れてその名を知られ、大矢田(おおやた)(美濃市)は紙の集産地として栄えた。また和本の用紙にも使われて、美濃本あるいは美濃判の名が一般化した。美濃紙の名は、1603年(慶長8)刊の『日葡(にっぽ)辞書』にも採録されている。代表的な美濃紙としては、厚手の森下(もりした)、薄手の典具帖(てんぐじょう)があるが、これらは現在でも長良(ながら)川支流の板取(いたとり)川、および武儀(むぎ)川に沿った地方で漉(す)かれている。1877年(明治10)刊の尾崎富五郎編『諸国紙名録』には、美濃産紙として大書物紙、御定直(おんさだめなおし)紙、書院紙、薄書院、紋書院、天具帖、小菊(こぎく)紙、丈永(たけなが)、板張紙(いたばりし)、美濃半紙、半切(はんぎり)紙、雁皮(がんぴ)紙、薄用紙、中用紙、黄雁皮などの名をあげている。とくに書院紙は障子紙として有名で、1777年(安永6)刊の木村青竹(せいちく)編『新撰紙鑑(しんせんかみかがみ)』にすでに「凡(およ)そ障子紙の類は美濃を最上とす」との評価を受け、美濃紙を書院紙の別名のようにいうこともあった。
現在、美濃市蕨(わらび)地区を中心として盛んに漉き出されているが、なかでも本来の純粋な手漉きによるものは本美濃紙と称され、1969年(昭和44)に本美濃紙保存会が結成され、国の重要無形文化財に総合指定された。
[町田誠之]
また2014年(平成26)には、島根県浜田市の「石州半紙(せきしゅうばんし)」(石見(いわみ)半紙)、埼玉県小川町、東秩父(ひがしちちぶ)村の「細川紙(ほそかわし)」とともに、「和紙―日本の手漉和紙技術」としてユネスコ(国連教育科学文化機関)の無形文化遺産に登録された。
[編集部]
『澤村守編『美濃紙――その歴史と展開』(1983・木耳社)』
岐阜県美濃市で漉(す)かれている和紙の総称。書院紙ともいう。古代において,美濃国は最も製紙の盛んな国であった。日本最古の紙は702年(大宝2)の美濃,筑前,豊前の戸籍用紙であるが,そのなかでも美濃の紙は純コウゾ皮を原料としたので,繊維が均等に絡みあって,漉きむらがなく優れている。古代の美濃紙は国府(不破郡垂井町)を中心として,揖斐(いび)川流域で漉かれたものと想像される。中世になって,美濃紙の技術はさらに向上し,各種の紙を漉き出すようになった。たとえば,美濃紙,草子紙,森下紙(もりしたがみ),薄紙,薄白(うすしろ),典具帖(てんぐじよう),中折(なかおれ),白河(しろかわ),弘紙(ひろがみ),奉書紙(ほうしよがみ),内曇(うちぐもり),扇地紙,雑紙などが,美濃の紙として当時の文献に現れてきた。中世に大矢田(おやだ)(現,美濃市)に大きな紙市がたっていたが,江戸時代に上有知(こうずち)(美濃市)に移った。上有知の紙問屋は幕府や領主の御用紙を請け負い,紙漉農民を支配していた。美濃紙の製紙家は揖斐谷,根尾谷,武芸谷,牧谷(板谷川流域)の四つの谷に分散していたが,近代になると武芸谷と牧谷が主産地となり,現在は牧谷のみとなった。蕨生(わらび)を中心として,上野(かみの),片知(かたち),乙狩(おとがり),御手洗(みたらい),谷戸(やど)などで漉かれている。江戸時代の美濃紙を代表する紙は直紙(なおがみ)/(じきし)で,障子紙としては最上級と評価された。障子紙は日光に透かして鑑賞されるため,繊維がむらなく整然と美しく漉き上げられていなければならない。そのため美濃紙の漉き方は,通常の紙の天地(縦)方向ばかりでなく,左右にも紙料液を揺り動かす(横揺り)のが特色である。そのほか多くの紙を漉くが,総じてコウゾの薄紙を漉くのに巧みである。現在,直紙の伝統をひく本美濃紙および在来書院,改良書院などの高級障子紙のほか,型紙原紙,表具用紙,書画用紙,箔合紙(はくあいし)(三椏紙(みつまたがみ)),謄写版原紙(雁皮紙(がんぴし)),美術紙などを漉く。1969年に重要無形文化財〈本美濃紙〉が指定され,その保持団体として本美濃紙保存会が認定されている。
執筆者:柳橋 真
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美濃国で産する和紙の総称。美濃は古代から和紙生産地として律令政府に位置づけられ,「延喜式」は毎年図書長上1人を美濃に派遣して,色紙を作らせたと記している。中世の京都では典具帖(てんぐじょう)とよばれる薄い美濃紙を用いた。近世には通常の美濃紙より厚く大型の大直(おおなおし)紙が,美濃紙を代表するものとして評価された。また典具帖や合羽(かっぱ)に用いる森下紙なども知られる。武儀川・板取川流域などで広く生産された。
出典 山川出版社「山川 日本史小辞典 改訂新版」山川 日本史小辞典 改訂新版について 情報
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