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老舎 ろうしゃLao She

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

老舎
ろうしゃ
Lao She

[生]光緒25(1899).2.3. 北京
[没]1966.8.24. 北京
中国の小説家,劇作家。本名,舒慶春。字,舎予。ロンドン大学に留学中に創作の筆をとりはじめ,『張さんの哲学』 (1926) を『小説月報』に発表して好評を博し,続けて『趙子曰 (チャオズユエ) 』 (1927) ,『二馬』 (1929) ,帰国後は『離婚』 (1933) ,『牛天賜伝』 (1934) などの長編を書き,1936年には代表作駱駝祥子 (ロートシャンズ) 』を発表,その間,短編の作も多い。抗日戦争中は宣伝活動に従事しつつ執筆を続け,1945~51年に占領下の北京を描いた長編『四世同堂』を発表。 1946年渡米,1949年解放直後の北京に帰り,戯曲『方珍珠』『竜鬚溝 (ロンシュイコウ) 』を書いた。人民芸術家の称号を受け,中国作家協会副主席の要職について社会的,文化的活動を続けたが,文化大革命できびしく批判されて迫害を受け,太平湖で死体となって発見された。死の真相は明らかでない。四人組失脚後,名誉回復された。

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デジタル大辞泉の解説

ろうしゃ〔ラウシャ〕【老舎】

[1899~1966]中国の小説家劇作家。本名、舒慶春(じょけいしゅん)。字(あざな)は舎予。1938年の中華全国文芸界抗敵協会成立時に主任となり、第二次大戦後は北京市文連主席となったが、文化大革命中に自殺。軽妙で風刺をこめた筆致で、革命期の混乱を描いた。小説「駱駝祥子」「四世同堂」、戯曲「茶館」など。ラオ=ショー。

ラオ‐ショー【老舎】

ろうしゃ(老舎)

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百科事典マイペディアの解説

老舎【ろうしゃ】

中国の作家。本名舒慶春。英国留学後,作家生活に入り,《駱駝の祥子》《四世同堂》が代表作。故郷北京の庶民生活への濃い愛着が特色。多作家で解放後は戯曲家に転じ,《茶館》などを発表したが,文化大革命で批判され,その死は自殺とも他殺とも伝えられる。

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世界大百科事典 第2版の解説

ろうしゃ【老舎 Lǎo Shè】

1899‐1966
中国の作家,劇作家。本名舒慶春,字は舎予。北京の貧しい満州旗人の家に生まれた。幼時に父を失うなど苦しい少年時代を送るなかで,下層庶民に対する同情の目を培われた。北京師範学校卒業後,数年の教員生活をへて,1924年にイギリスに渡る。6年間の留学中に,《張さんの哲学》,《趙子曰(いわ)く》,《二馬(二人の馬さん)》などの知識人生きざまをほろにがいユーモアで描いた長編をつぎつぎに発表,ユーモア作家として文壇に独自の地歩を築く。

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大辞林 第三版の解説

ろうしゃ【老舎】

1899~1966) 中国の小説家。北京生まれ。本名は舒慶春。字あざなは舎予、老舎は筆名。ユーモア作家として出発、のち悲惨な運命をたどる車夫を描いた「駱駝らくだの祥子シヤンツ」を発表。文化大革命中に自殺したといわれる。作「四世同堂」、戯曲「茶館」。ラオショー。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

老舎
ろうしゃ / ラオショー
(1899―1966)

中国の小説家、劇作家。満州旗人の出身で、本名は舒慶春(じょけいしゅん)。1900年父は八か国連合軍との戦いで戦死、母の手ひとつで北京(ペキン)の貧しい路地裏に育つ。18年北京師範学枚を卒業、教職について家計を支える。24年ロンドン大学東方学院に中国語教師として赴任、5年滞在する間に『張(チャン)さんの哲学』(1926)など長編3編を発表、独自のユーモアと風刺の作風で知られる。30年帰国後、済南の斉魯(せいろ)大学、34年から青島(チンタオ)の山東大学で教鞭(きょうべん)をとりつつ多くの長・短編小説を精力的に執筆。長編『猫城記(もうじょうき)』(1933)、『離婚』(1933)、代表作『駱駝祥子(ロートーシアンツ)』(1936)、短編集『(かんしゅう)』(1934)、『桜海集(おうかいしゅう)』(1935)、『蛤藻集(こうそうしゅう)』(1936)などが著名。抗日戦中は中華全国文芸界抗敵協会の責任者となり、機関誌『抗戦文芸』の刊行や抗日大衆文芸の創作に活躍、また日本軍占領下の北京を描いた大作『四世同堂』(三部作。1945~50)を書く。
 新中国成立後は劇作に転じ、『龍鬚溝(りゅうしゅこう)』(1950)で北京人民芸術家の称号を受けたほか、『茶館(ちゃかん)』(1957)、『神拳(しんけん)』(1961)など約20編の劇作があり、中国新劇界に大きな足跡を残す。彼の作風は、大衆文芸の技法を小説や新劇に生かし、ユーモアとペーソスを交えた戯作者(げさくしゃ)的饒舌(じょうぜつ)の裏に、貧しい庶民生活のみごとな活写、冷静な現実認識、民族主義的情熱、強烈な庶民的正義心などがあって、広範な読者の心をとらえた。1966年8月24日文化大革命が始まってまもなく、彼は北京市文連主席として紅衛兵の迫害を受け非業の死を遂げた。[伊藤敬一]
『『老舎小説全集』全10巻(1982~83・学習研究社) ▽黎波訳『老舎珠玉』(1982・大修館書店)』

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367日誕生日大事典の解説

老舎 (ろうしゃ)

生年月日:1899年2月3日
中国の小説家,劇作家
1966年没

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世界大百科事典内の老舎の言及

【小説月報】より

…当初の主編者は茅盾(ぼうじゆん)。特集や増刊号も刊行し,とくにロシア,東欧などの外国文学の翻訳紹介と国内の新文学作品の批評に力を注ぎ,また老舎や巴金など新人作家を世に送り出すなど,新文学運動に大きな役割を果たした。32年,上海事変により廃刊のやむなきにいたった。…

【中国文学】より

…しかし,こうした左翼文学運動には党員のセクト的傾向が終始つきまとい,いわゆる〈自由人〉や〈第三種人〉を標榜するリベラルな文学者をおしなべて〈敵〉として攻撃・排除したことで,みずから戦線を狭くしていったことも認めなければならない。 この時期はまた,茅盾(ぼうじゆん),老舎,巴金,丁玲,曹禺など,のちの中国文学を担う文学者たちが,つぎつぎと世に出た時代であった。なかでも茅盾《子夜》(1931),巴金《家》(1930),李劼人(りかつじん)《死水微瀾》,老舎《駱駝の祥子》(1937)などは,中国文学が世界に通用する本格的ロマンを持ち始めたことを示した。…

【竜鬚溝】より

…中国の新劇名。老舎が人民芸術家の称号をえた1951年の作品。北京の貧民街にあった不潔きわまるどぶ川を,苦しい財源の中から衛生運動として新政府が改修工事に着手することをめぐって,新旧の社会や人物を対立させ,社会主義の優越性を強調した内容で,解放まもない新中国の生気が最も感じられる代表的劇。…

※「老舎」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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