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聖道門 しょうどうもん

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

聖道門
しょうどうもん

浄土教で聖道門,浄土門に仏教を分けたうちの一つ。阿弥陀仏の本願力によって極楽に往生して,悟りを開く他力の浄土門に対し,現実のこの世に生をうけている間に努力修行して悟りを開く自力の修行法難行道ともいう。これに対し浄土門を易行道という。

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デジタル大辞泉の解説

しょうどう‐もん〔シヤウダウ‐〕【聖道門】

仏語。自ら修行して現世において悟りに到達しようとする自力の宗門。また、その教え。特に、真言天台の二宗。自力門。→浄土門

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百科事典マイペディアの解説

聖道門【しょうどうもん】

浄土門に対する。仏教を二大別したものの一つで,自己の能力をたよりに修行して,現世で悟りを得ようとするもの。
→関連項目易行

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世界大百科事典 第2版の解説

しょうどうもん【聖道門】

仏教諸宗の位置づけのしかた(教判)の一つとして,浄土門と対比して用いる。聖道門は知恵をみがき,煩悩を断じて聖者(しようじや)となり,この世で悟りを開こうとするもので,浄土門に対し,自力門・難行道とされる。この聖浄二門の教判は,はじめ唐の道綽(どうしやく)が《安楽集》で説いたもので,浄土教では聖道門を難証難行の教えとして退ける。道綽は,五濁悪世の末法の今日では,釈迦の時代を去ることはるかにして,その直接的な教化を受けることは不可能であり,教理は深遠で凡夫では十分理解しがたいため,聖道門は〈今のとき証し難し〉と説示し,浄土門によるべきことを勧める。

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大辞林 第三版の解説

しょうどうもん【聖道門】

〘仏〙 自ら菩薩の道を実践・修行し、悟りを完成することをめざす教門。浄土教の立場から、それ以外の仏教を総称したもの。自力じりき聖道門。 ↔ 浄土門

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

聖道門
しょうどうもん

浄土教諸派において、教判(きょうはん)の一つとして、仏教を聖道門と浄土門の二門に大別する。聖道門とは、自力(じりき)の修行によってこの土(世界)で悟りを得て仏になる道を説く法門(教え)ということで、浄土教(これを浄土門という)以外の仏教各宗をこれに収める。もとは中国浄土教の始祖道綽(どうしゃく)の『安楽集(あんらくしゅう)』に出ていて、彼は聖道門を浄土門と対比して、その教えは優れているが、いまは末法で五濁悪世(ごじょくあくせ)であるため、この教えによって悟りを得るものは1人もないといい、浄土門こそ唯一の救いの道であることを強調した。法然(ほうねん)(源空)はこれを受けて、浄土教の独立を打ち出し、主著『選択本願念仏集(せんちゃくほんがんねんぶつしゅう)』において、聖道門を捨てて浄土門に帰すべきである、と説いた。法然は、聖道門のなかに大乗と小乗とがあり、いずれもこの世界において修行に努力し、それによって悟りを得ようとするものであるが、これは現実には達成しがたい難行の道である、という。さらに、親鸞(しんらん)は、自力修行によってこの土で悟りを得ようとする聖道門は聖者のみに妥当する権仮方便(ごんけほうべん)(仮の手段)として説かれたもので、凡夫直入(ぼんぶじきにゅう)の真実の教えではない、と明らかにした。[瓜生津隆真]

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