封建時代において,人々は土地に縛られ,職業はしばしばその生まれた身分によって決定されたが,1789年のフランス革命を典型とする市民革命から生まれた近代憲法は,人々を居住地や職業に関する緊縛から解放して,自由な労働力の形成を可能にし,資本主義社会の存立の基盤をつくった。フランスでは,91年3月の政令が,同業組合を廃止して,同業的結合による職業独占からの営業の自由を承認したのである。革命期の憲法では,例えば,フランスの95年(共和暦3)憲法が,〈いかなる特権も,親方身分も,宣誓同業組合も,商業の自由およびあらゆる種類の産業および手工業の行使に対する制限も,存在しない〉(355条)と規定して,同業組合の廃止と営業の自由の原則を認めている。日本国憲法は,〈何人も,公共の福祉に反しない限り,居住,移転及び職業選択の自由を有する〉(22条1項)と規定して,職業選択の自由を居住・移転の自由とともに認め,〈公共の福祉〉による制限を予定している。〈公共の福祉〉による制限がとくに明文で規定されたのは,経済活動の自由は資本主義の発展とともに種々の弊害を生み出したため,労働者,中小企業者,消費者など社会的・経済的弱者の権利を保護することを目的として,国家が経済活動に介入することが必要になったからである。
職業選択の自由は,ある職業の開始,継続,廃止という狭義の職業選択の自由のみならず,選択した職業を遂行する自由である職業活動の自由をも含むものである。職業選択の自由のなかに,自己の従事すべき職業を決定する自由のほかに,その職業を行う自由としての営業の自由を含めるのが法学者の通説的見解であるが,これに対する経済史学者から出された批判をめぐって展開されたのが,〈営業の自由論争〉である。経済史学者から出された批判の骨子は,営業の自由は,歴史的には,国家による営業規制からの自由であるだけではなく,何よりも,営業の独占と制限からの自由であり,営業の自由は,人権として追求されたものではなく,公序public policyとして追求されたものである,というところにある。この論争によって,営業の自由がたんに国家に対する自由ではなく,私人間における独占からの自由という側面をも有することが認識されるようになり,また各国の営業の自由の歴史的研究が深められたが,営業の自由が国家からの自由として人権の性質を有することについては,法学者のほぼ一致した見解になっている。
職業は,各人が自己のもつ個性を全うすべき場として,個人の人格的価値とも不可分の関連をもつが,主として経済的な活動であり,また,その性質上他人の生活と密接な関係をもつものであるから,精神的自由とは異なり,職業選択の自由は公権力によるさまざまな規制を必要とする。職業選択の自由の制限として次のようなものがある。第1は,国民の生命・健康など社会公共の安全と秩序を守るための規制である。たとえば,医師やあんま師等の免許を受けていない者は医業類似行為を業として行うことが禁止されたり,また,飲食店,旅館業,古物営業,風俗営業等は許可制になっており,許可基準に合わないものは事前に排除されるしくみになっている。第2は,職業を行おうとする者の適格性によるのではなく,市場の側の事情によるその者の市場参入の規制である。たとえば,電気,ガス,交通事業などの公益事業の分野では,特定企業に事業の独占的経営を認めるとともに,当該企業を国家の強い監督の下に置くことにより,利用者の利益保護が図られている。第3は,事業の公益性(郵便事業,電信電話事業など)や国の財政目的(たばこ専売など)を理由として,ある種の職業が国によって独占される場合があることである。このような職業選択の自由の制限が憲法22条に違反するか否かが争われた裁判のなかで,最高裁判所は,まず,公衆浴場の許可基準としての浴場相互間の距離制限を合憲とし(1955年の判決),ついで,小売商業調整特別措置法に基づく小売市場の許可基準としての距離制限を合憲としたが(1972年の判決),薬事法による薬局の許可基準としての距離制限を違憲と判断した(1975年の判決)。判例の立場は,職業選択の自由に対する法的規制について,中小企業の保護を目的とするなどの積極的政策的規制(小売市場の距離制限の場合)と,国民の健康など社会公共に対する弊害を防止するための消極的警察的規制を区別し,前者については規制の目的および手段に対する立法府の広範な裁量権を認めて合憲とし,後者については必要かつ合理的な規制しか許されないから違憲と判断したのである。
なお,職業選択の自由は,社会主義憲法においても,社会的要請および個人的能力に応じて職場を選択する自由(1968年東ドイツ憲法24条,1977年ソ連憲法40条など)として,労働権の保障と密接不可分の関係にあるものとされた。
執筆者:中村 睦男
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
自分が従事したい職業を選択する自由。自由権の一つ。単に職業の自由ともいい、職業を決定する自由にとどまらず、その職業を行う自由、つまり「営業の自由」も含まれる。明治憲法には規定はなかったが、日本国憲法は「公共の福祉に反しない限り」これを保障している(22条1項)。
自己の職業を決定する自由については、法律が禁止するもの(人身売買、売春など)を除いて、なんの制限もないが、その職業を行う自由については、営業が国民生活に与える影響が大きく、また国が公共事業を行うこともあって、その見地から、つまり「公共の福祉」のために、さまざまな規制が加えられている。規制の例を大別すると、社会的害悪の発生を防止するためという警察目的から規制される場合と、一定の政策を実施するためという政策目的からなされる場合とがある。
[池田政章]
(1)開業の規制 まず、不正業者を市場から排除するために登録制が設けられているものに、貸金業、採石業、旅行業などがある。次に、放任すると社会的悪影響が出てくるので行政庁の許可が必要とされるものに、風俗営業、旅館業、公衆浴場業、飲食店業、質屋、古物営業、建設業、不動産取引業、危険物取扱業など(許可営業)があり、例が多い。
また人の生命、健康、安全に関係する職業や専門的知識が必要なものについては、職業を行うにあたって、公的な試験で資格を認定された者だけに許されるものがある。医師、歯科医師、薬剤師、看護師、建築士、弁護士、税理士、司法書士、栄養士、調理師、美容師、理容師などの例があり、これも例が多い。これらは士(師)がつくところから士(さむらい)法などとよばれる。
(2)営業活動の規制 人命や健康の安全のために、立入検査、緊急措置、改善命令など、強い行政監督権に服するものに、薬局、火薬や高圧ガスなど危険物を取り扱う営業がある。また善良な風俗維持のために、風俗営業については、営業時間・営業行為について徹底した規制がなされる。そのほか犯罪の予防や取締りのために、質屋や古物営業については、帳簿の記載や、立入り・調査などの規制がある。
[池田政章]
(1)開業の規制 事業の公共性が高い郵便は、公的独占にゆだねられ、私人は営業することができない。また、供給が過剰になることを防止するために石油精製業や航空機製造業などは許可が必要である。既存業者を保護するため、事業所の配置を許可の基準とするものに、公衆浴場、酒類の製造・販売、たばこ小売業などがあるほか、周辺地域の生活環境を保つ目的で、百貨店の店舗面積を規制している。さらに、国民生活に深くかかわる営業で競争が不適当であると考えられて、国からの参入規制を受けているものに、道路運送業、海上運送業、港湾運送業、航空事業、鉄道業など(特許企業)がある。しかし、これら規制を受けてきた事業のなかには、政府の規制緩和推進により、新規参入やその他さまざまな規制が緩和される方向にあるものもある。
(2)営業活動の規制 公正な取引を確保するために主要業者が同調して価格引上げを行うことを規制し(独占禁止法)、不当な表示を禁止する(不当景品類及び不当表示防止法)などしている。
[池田政章]
『J・L・ホランド著『職業選択の理論』(1993・雇用問題研究会)』▽『円谷勝男著『現代人権論考』(2002・高文堂出版社)』
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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【営業的活動】
フランス革命以来,営業の自由は資本主義経済社会の根本原則とされている。日本国憲法22条は〈職業選択の自由〉としてこの自由を保障するが,次のような理由から種々の営業制限がなされている。まず公法上の制限として,(1)公益上の理由(阿片煙等の販売禁止),(2)保健衛生(飲食業),危険予防(火薬等販売)などの産業警察的理由,(3)事業の公共性(銀行,ガス),(4)国家財政上の理由(タバコ),(5)身分上の理由(判事,国家公務員)などがある。…
…もし自分で仕事を続けながら手伝いを雇えば,雇用主となるが職業は変わらず,従業上の地位の変化は職業に影響を及ぼさない。
[職業選択の自由]
原始社会や封建社会には職業選択の自由はなく,封建社会では職業は世襲が多く,また職業につくのに多くの制約があった。現在では,特定の職業につくために長期の準備期間や教育を必要としたり,経済不況による就業機会の縮小はあるものの,原則として人はどのような職業にもつくことができ,職業につくことによって個性の発揮をはかり,職業生活に生きがいを求めることができる。…
※「職業選択の自由」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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