翻訳|pertussis
百日咳菌による気道(気管・気管支)の急性伝染病で、感染症予防・医療法(感染症法)で5類感染症(小児科定点把握)に分類されている。患者の咳を浴びることによって感染(飛沫(ひまつ)感染)する。伝染力が強く、免疫がなければほとんど100%発症する。患者の過半数は3歳未満の乳幼児で、母親からの免疫を受け継がないので、新生児でもかかることがあり、死亡例は1歳未満に集中する。百日咳の特徴は、痙咳(けいがい)とよばれる爆発的で断続するけいれん性の咳(スタッカートstaccato)と、その終了時にみられる激しい吸気性笛声(フープwhoop)およびこれらの反復(レプリーゼrepriese)からなる発作と、この発作時以外は元気で健康時と変わらないことである。
なお、百日咳菌と類縁のパラ百日咳菌によるパラ百日咳は、百日咳よりも軽症で経過が短く発症頻度も少ないが、臨床的には区別しがたく一括して百日咳症候群とよぶこともある。
[柳下徳雄]
潜伏期は通常1~2週間で、病期は普通、カタル期、痙咳期、回復期に大別される。
(1)カタル期 病初の1~2週間で、痰(たん)の出ない咳、鼻汁、かれ声などを主症状とする普通感冒に似た型で始まるが、鎮咳剤を与えても咳が軽くならない。普通感冒なら回復に向かうころになっても咳が強く間欠的な偏りをみせ、とくに夜間の就眠中に多くなる傾向がみられる。
(2)痙咳期 いわゆる発作期で、カタル期に続く2~6週間をさす。前述の百日咳に特有な咳の発作が現れる。すなわち、息を吸う間もなく小さな激しい咳が十数回も続発し、そのあとヒューッと特異な笛声を出して息を吸う。俗に「内(うち)へ引く」というのがこれである。このような咳を数回から十数回繰り返したのち、粘っこい透明な痰を喀出(かくしゅつ)して1回の発作が終わる。普通2~3分間であるが、発作中は顔が赤くなり、舌を出して咳をし、涙や鼻汁も出る。夜中に発作がおこると、上半身を起こして前かがみになり苦しむ。嘔吐(おうと)したり、ときには唇が紫色になる(チアノーゼ)ほか、乳児では内に引くことがなく、呼吸停止やけいれんをおこして無酸素性脳症を合併し、重篤となることもある。しかし、前述のように発作と発作の間は、普段の健康時と変わらない。
この発作は、精神的な興奮や食物摂取などをきっかけとしておこりやすく、1日に10回から数十回に及ぶ。ことに就眠後1~2時間に頻発するので、睡眠不足や食欲減退を招き、体力を消耗するほか、はれぼったい顔つき(百日咳顔貌(がんぼう))となる。なお、咳の発作の激しいのは痙咳期の初めの2~3週間で、あとは激しさも回数もしだいに減少してくる。
(3)回復期 痙咳期に続く2~3週間で、ときに軽い発作がみられることもあるが、しだいに普通の咳に戻り、回復してくる。
なお、各期の移行期は明確でなく、症状も患者の年齢や免疫の有無などによって異なる。
[柳下徳雄]
カタル期の初期にエリスロマイシンなどの抗生物質を用いて排菌を抑制するが、痙咳期の症状寛解には効果を期待できない。しかし、痙咳期における肺炎など二次感染による合併症の予防や、感冒様症状を呈した接触感染者の発症予防には役だつ。また、痙咳期重症乳児の救命処置として副腎(ふくじん)皮質ホルモンが用いられ、毒素中和による症状軽減を目的として静脈注射用γ(ガンマ)‐グロブリン製剤も使われる。
一方、一般療法は軽視されがちであるが、看護上きわめて重要である。すなわち、水分やバランスのとれた食事を無理なく少量ずつ頻回に与え、咳を誘発させるような刺激、たとえば冷気、たばこの煙、乾燥食品で粉末になりやすいもの、咳に対する不安感などを除去する。
[柳下徳雄]
一度かかれば終生免疫となる。母体から免疫を受けないので新生児にも感染する。
[柳下徳雄]
患児からの伝染力は発病初期に強く、発病後8週間くらいは感染させる可能性があるので、患児は家庭内で他の家族と病床を離し、とくに乳幼児を近づけないようにする。なお、学校保健安全法による第2種学校感染症であり、特有の咳が消失するまで出席停止の扱いを受ける。
[柳下徳雄]
1981年(昭和56)以来「沈降精製百日せきジフテリア破傷風混合ワクチン(改良DPT三混)」が定期接種に用いられている。百日咳に対しては2期に分けて実施され、第Ⅰ期は生後3か月から90か月(標準的な接種時期は3~12か月)の間に3~8週間隔で3回皮下注射し、第Ⅱ期は第Ⅰ期の完了後12~18か月の間に1回皮下注射(各回0.5ミリリットルずつ)する。
乳児では重症となりやすいので、流行期には早めに接種することが望まれる。予定どおりの間隔で接種が行えなくても、定められた回数の接種を行えば免疫効果は確保される。
なお、従来の三混ワクチンは1975年(昭和50)に「百日せきワクチン」の副作用が問題になって一時中止され、その後1981年に「改良百日せきワクチン」ができてから再開された。この接種の一時中止に伴い、予防接種率が低下し、集団接種の年齢引上げなどから免疫のない乳幼児が増加するとともに百日咳患者数が「百日せきワクチン」の接種以前までふたたび増加してきたが、再開に伴い減少傾向をみた。
[柳下徳雄]
1906年にフランスで初めて分離された百日咳の病原菌Bordetella pertussisで、分離に成功した研究者の名を冠してボルデー‐ジャングー菌Bordet-Gengou bacillusともよばれる。グラム陰性、好気性の長径約1マイクロメートルの卵形桿菌(かんきん)で、トルイジンブルーの染色により菌体両端に濃染する小体が認められる。乾燥および普通の消毒薬で容易に死滅し、また55.5℃の加熱でも殺菌される。カタル期の気道粘膜に多数検出される。なお、類縁菌のパラ百日咳菌B. parapertussisはパラ百日咳の病原菌で、百日咳菌の発育にはボルデー‐ジャングー培地を使うのに対し、パラ百日咳菌は普通寒天培地によく発育する。
[柳下徳雄]
前述したように、1981年(昭和56)に現行の三種混合ワクチン(DPT)が導入されてから百日咳の患者数は減少したが、2007年(平成19)に大学等で大規模な百日咳の集団感染が発生するなど、近年、成人を中心に増加傾向にある。過去に受けたワクチン効果の低下が原因の一つと考えられており、新たな対策が求められている。
[編集部]
出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報
百日咳菌の
鼻水や
ワクチンを接種していない1歳未満の乳児では、咳で呼吸ができず、唇が青くなったり(チアノーゼ)、けいれんが起こることがあります。肺炎や脳症などの重い合併症で死亡することもあります。
診断方法には、血液検査と菌の培養があります。特徴的な咳があり、白血球数が15000/μℓ以上、リンパ球70%以上であれば診断できます。鼻の奥からの百日咳菌の分離が決め手となります。パラ百日咳菌感染症やアデノウイルス感染症との区別が必要です。
多くの抗菌薬が有効です。特有の咳が出てきてから治療を始めても症状はよくなりませんが、他人への菌の拡散は防止できます。
予防接種が有効です。ジフテリア・
百日咳は、乳幼児だけの病気ではありません。小中学生や大人の百日咳が増えてきました。特徴的な咳がないため、百日咳と診断されず、乳幼児への感染源になっていることが問題です。
大人で4週間以上咳が続いている場合は、家族内に咳をしている人がいないかどうかに注意してください。百日咳のことがあります。受診する専門科は、子どもなら小児科、大人なら呼吸器科や内科がいいでしょう。
岡田 賢司
間隔の短い
百日咳菌という細菌の感染によります。咳は、菌がつくる毒素によるものです。
潜伏期間は約1週間で、感染者の痰やつばから感染します。まず、普通のかぜ症状が1~2週間続きます(カタル期)。その後、次第に間隔が短く連続して起こり、息を吸う時にヒューという音が出る特有の咳が認められるようになります(
なお、近年、三種混合ワクチン接種終了後、長期間経っている学童期以降の子どもを中心に、長引く咳により百日咳と診断される例が増えています。
痙咳期の特徴的な咳の発作によりこの病気が疑われます。また、百日咳菌を培養する検査や血液検査を行うことがあります。
百日咳菌に効果のあるマクロライド系の抗生剤を内服しますが、痙咳期にはあまり効果が期待できず、菌の排出期間を短くすることが主な目的になります。重症例では、毒素に対して効果の期待できる免疫グロブリンの注射を行うことがあります。
合併症としては、肺炎、けいれん、脳症などがあります。脳症は、重症になりやすい2カ月未満の乳児のおよそ1%にみられます。
現在行われている三種混合ワクチンはこのような重症の合併症を予防する効果が高いので、早めにワクチンを接種することが大切です。
三種混合ワクチンの接種歴がなく、発作のような咳が長く(1週間以上)続く時は早めに医療機関を受診してください。
大石 智洋
出典 法研「六訂版 家庭医学大全科」六訂版 家庭医学大全科について 情報
百日咳菌によって起こる急性の呼吸器伝染病。百日咳菌Bordetella pertussisは1906年ボルデーJ.BordetとジャングーO.Gengouによって患者から分離された小杆菌(1.0~1.5μm×0.3~0.5μm)で,グラム陰性。病原菌の侵入は飛沫感染,すなわち患者の咳をあびることによる。潜伏期は7~14日。発症してから1~2週間は咳,2~3日間の軽度の発熱や鼻汁など,一般の感冒のような症状であるが,熱のないことが多い(カタル期)。次の4~6週間は咳がしだいに強くなって,顔を真っ赤にし,息を吸うひまもなく咳が続き,やっと息が吸えたとき長く吸い込み,このときにヒューという特有の笛声(レプリーゼReprise(ドイツ語),whoop)がみられる。このような発作が重なり,粘稠な痰を出す(この時期を痙咳(けいがい)期という)が,レプリーゼがはっきりしない軽いものもある。6ヵ月ころまでの乳児ではレプリーゼは著しくないが無呼吸発作が強く,チアノーゼを呈することが多く,重症である。次の2~3週間は咳もしだいに軽くなり,レプリーゼの回数も少なくなって回復する(回復期)。
治療は細菌に対してエリスロマイシンなど,マクロライド系の薬剤,咳に対しては鎮咳剤,鎮静剤を使用する。予防は百日咳ワクチンの接種で,三種混合ワクチン(ジフテリア,百日咳,破傷風)の皮下注射が行われる。第1期は生後3~90ヵ月(標準的には生後3~12ヵ月)に3回,その12~18ヵ月後に追加接種を行う。学校保健法では第二種の感染症で,特有の咳が消失するまでは出席停止とする。
執筆者:渡辺 言夫
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