日本大百科全書(ニッポニカ) 「トキソプラズマ」の意味・わかりやすい解説
トキソプラズマ
ときそぷらずま
[学] Toxoplasma gondii
アピコンプレックス門胞子虫綱コクシジウム亜綱に属する単細胞の微小動物。従来、原生動物門に属するものとされ、長い間分類学上の確かな位置が不明であった。近年、生活環の全貌がほぼ解明されてその位置が確定し、1属1種が知られている。トキソプラズマによって引き起こされる感染症にトキソプラズマ症がある。
[小山 力]
生活環
中間宿主をとる場合ととらない場合とがあり、中間宿主となる動物は広範で、ヒトを含む哺乳(ほにゅう)類および鳥類全般にわたるが、終宿主はネコ科動物に限られている。中間宿主をとる場合には、同宿主に経口的に侵入した成熟オーシスト(一種の受精卵で、中に8個のスポロゾイト〈種虫(しゅちゅう)〉を形成する)からスポロゾイトが脱出し、各種細胞内に侵入後、内生出芽による無性増殖を繰り返して無数の約6マイクロメートルの三日月形の小虫を生ずるとともに、宿主細胞を破壊し続ける。やがて組織中にシスト(胞嚢(ほうのう))を形成するようになるが、この中でも虫体の無性増殖が続き多数の小虫が産生される。嚢は球体で直径が30~50マイクロメートルくらい、内部の小虫は形も大きさもほとんど前述の細胞内で増殖した小虫に類似する。こうした無性生殖期の虫体で感染した中間宿主を終宿主が食べることにより感染が成立し、終宿主の腸管組織内で無性・有性の両生殖を行ってオーシストを形成し、糞(ふん)とともに外界に排出される。また、シストをもつ中間宿主またはその組織を、別の中間宿主が食べることにより中間宿主間の感染も可能であるし、無性的に増殖した小虫による胎盤感染も知られていて、生活環はきわめて複雑である。次に、中間宿主をとらない場合には、終宿主の腸管組織内で有性生殖の結果できたオーシストが糞とともに排出され、その内部にスポロゾイトを形成して成熟オーシストとなる。これが経口的に宿主内に入ると、スポロゾイトが遊出して腸管細胞に侵入し、無性生殖で増殖した後、有性生殖期に入る。
[小山 力]
トキソプラズマ症
中間宿主で病害が激しく、急性症では発熱、食欲不振、下痢などと、発咳(はつがい)、呼吸困難のような肺炎症状を示し、ほとんどの内臓器官で腫大(しゅだい)、壊死(えし)、出血などがみられるほか、リンパ腺(せん)炎も著明であって、死に至ることもしばしばである。慢性症では脈絡膜網膜炎、中枢神経障害、運動障害などがみられる。
ヒトでは感受性が低く不顕性感染が多いが、胎児では感受性が高く、妊娠中の女性がトキソプラズマに感染することにより胎盤を介して児に感染し、流産や死産となるおそれがあるほか、先天性トキソプラズマ症を発症することがある。家畜ではブタの感受性が高いためブタトキソプラズマ症が多い。したがって、とくに妊婦やあるいは免疫機能の低下している者では、ネコ科動物とくにネコが排出するオーシストと、加熱不十分なブタ肉やブタもつに含まれるシストによる経口感染に注意しなければならない。
[小山 力]