至高体験(読み)しこうたいけん(英語表記)peak experience

最新 心理学事典 「至高体験」の解説

しこうたいけん
至高体験
peak experience

至高体験とは,マスローMaslow,A.H.(1973)によると,感動や恍惚感など人生において最高の幸福と充実を感じる一瞬の体験で,日常的な体験とは異なり,自己実現的人間へと成長・発達していくうえでの啓示的体験とされる。後にチクセントミハイCsikszentmihalyi,M.によって,行なうこと自体が楽しい活動に没入しているとき,その意識が流れているようだとか,流れに乗っていると表現されたことから,フロー体験flow experienceともよばれている。

 マスローは,精神的に健康で自己を実現しつつある人間の欲求を説明する過程で,欠乏欲求の充足のうえに真善美などの価値を求める成長欲求としての自己実現self-actualizationの欲求が生じると考えて,自己実現過程で最も感動を覚えた瞬間についての記述を試みた。その結果,至高体験の特徴として,認識対象ないし経験は完全な一体として見られやすい,対象にすっかり没入してしまう,自己超越的ないし自己没却的で無我でありうる,固有の本質的価値を担う,主観的に時間や空間の外におかれ時空を超越する,善であり望ましいばかりの認識であり評価を行なわない,自己の人生を越えて永続する現実を見つめているかのような強い絶対性が伴う,能動的というよりもはるかに受動的で受容的な経験である,経験を前にして驚異畏敬尊敬謙遜敬服という特殊な趣をもつ,多くの二分法・両極性葛藤が融合し超越されて解決されるなど,至高体験に見られる最も広い意味での認知の19の特徴を指摘している。そして,これらの至高体験は,症状をとり除き,自分の見方を健康な方向に変え,他人についての見方や世界観に変化をもたらし,人間を解放して創造性・自発性・表現力・個性を高め,その経験を非常に重要で望ましい出来事として記憶し,繰り返そうとするなど,人生は価値があり,正当なものと感じられるとの生きがいをもたらすとしている。

 チクセントミハイ(1975)は,主観的な経験の質を測定する経験抽出法experience sampling methodによって,研究協力者に1週間ポケットベルを携帯させ,毎日無作為の間隔で8回ベルが鳴ったときに,どのような気分でいるか,何を考えているかを書かせた。その結果,人を真に満足させるのは痩せたり,金持ちになったりすることではなく,生活を喜ばしいものと感じることであり,幸福の探求に関する限り,部分的な解決は無効であり,自分の経験に対するなんらかの知的省察,熟考,厳しい思索なしにはフロー体験は得られない。すなわち,フローを経験するには,認知する活動の挑戦レベルとその活動を行なう能力レベルが,平均より高い状態で釣り合っていなければならないとした。こうしたことから,フローを経験した結果として,人はその活動に専念し,個人の興味を育て人格的に成長を促し,個人の能力を伸長させるような課題や活動に挑戦することによって充足感が構築されるとしている。また,日常生活でフロー体験を感じやすい人,挑戦する文脈に身をおきがちな人が想定され,フロー状態を測定するFlow State Scaleやフロー特性を測定するDispositional Flow Scaleが開発され,フローを生成する条件の研究が行なわれている。
〔杉山 憲司〕

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