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茂山 シゲヤマ

百科事典マイペディアの解説

茂山【もさん】

朝鮮民主主義人民共和国,咸鏡北道北西の豆満江岸の山間の町。茂山鉄道と白茂鉄道の終点。茂山高原の北西端に位置する。埋蔵量10億t以上といわれる茂山鉄鉱山があり,この鉄鉱石は清津の製鉄所に送られている。
→関連項目咸鏡北道

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朝日日本歴史人物事典の解説

茂山

没年:元禄7.8(1694)
生年:生年不詳
江戸初期の朝鮮釜山窯陶工。対馬の出身で,本姓は阿比留,名は茂三とも書く。寛文4(1664)年釜山焼に従事していた船橋玄悦が没したため,翌年釜山に渡って和館の燔師(陶工)となり,以後同9年,延宝4(1676)年,同6,9年,貞享2(1685)年と数度にわたり釜山窯に参加した。のち,対馬藩主の宗義貞から中庭の姓を賜った。釜山窯は日本からの注文茶陶を作るために宗氏が設けた窯で,主として高麗茶碗を焼造した。特に鉄絵を加えた絵御本には茂山の特色がよく表れている。ほかに,染付の茶碗や三島・刷毛目なども作っている。

(矢部良明)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

世界大百科事典 第2版の解説

もさん【茂山 Musan】

朝鮮民主主義人民共和国,咸鏡北道の山間地にある鉱山都市。中国との国境河川,豆満江中流の狭小な平地部に位置する。女真族など中国東北地方の諸族が朝鮮半島へ侵入する通路の一つにあたり,李王朝はここに兵営を置き,北辺防備にあたらせた。日本植民地時代に入ると,間島への朝鮮人移民ルートや豆満江流域の木材搬出の基地となり,筏流しが行われた。茂山に至る鉄道が建設されたのを契機として,1930年代には茂山鉄鉱山の開発が進められ,この鉄鉱石を原料とする大規模な製鉄工業が日本海沿岸の清津で行われるようになった。

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大辞林 第三版の解説

しげやま【茂山】

姓氏の一。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

茂山
もさん

ムサン(茂山)」のページをご覧ください。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

茂山
もさん / ムサン

北朝鮮、咸鏡(かんきょう)北道にある邑(ゆう)(町)。鉄産地で知られる。豆満江(とまんこう)の支流、城川水流域を占め、中国との国境に臨んでいる。豆満江材の原木生産基地で、集まった原木は筏(いかだ)に組んで会寧(かいねい)まで流している。鉄鉱は邑北方の彰烈(しょうれつ)洞にあり、埋蔵量は11億トンといわれる。1916年に発見され、35年より採掘している。鉱床は3000メートルに達し、赤鉄鉱、磁鉄鉱、石英片岩で、磁鉄鉱の比重が高い。品位は40%で磁力選鉱によって品位を60%に高めている。鉄鉱石は茂山線によって、また一部は輸送管によって清津製鉄所に送られている。[魚 塘]

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