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清津 セイシン

百科事典マイペディアの解説

清津【せいしん】

朝鮮民主主義人民共和国,咸鏡北道の道都。日本海に臨む貿易港・重工業都市で,隣接の富寧郡と羅南市を編入して1960年から1985年まで直轄市となっていた。鏡城湾の北端に位置し,1908年の開港以来海陸交通の要地として,日本の大陸侵略の拠点となった。
→関連項目吉州金策羅津・先鋒

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世界大百科事典 第2版の解説

せいしん【清津 Ch‘ŏngjin】

朝鮮民主主義人民共和国北東部の都市。天然の良港を有し,漁業や各種工業が発達する。1960年に隣接の羅南市,富寧郡の一部を合併し,7区域からなる直轄市に昇格した。李朝時代には零細な漁村にすぎなかったが,1908年に開港し,北部山地の木材や水産物の貿易港として発展しはじめ,29年に咸鏡線が開通すると,北部山岳地域への交通の要衝となった。日本植民地時代末期に茂山(もさん)の鉄鉱阿吾地の石炭を原料とする製鉄工業が建設され,それ以来北部朝鮮の冶金工業の基地となった。

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大辞林 第三版の解説

せいしん【清津】

チョンジン【清津】

朝鮮民主主義人民共和国北東部、日本海に臨む港湾都市。製鉄・繊維・化学・水産加工などの工業が発達。せいしん。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

清津
せいしん / チョンジン

北朝鮮、咸鏡(かんきょう)北道にあり、日本海に臨む工業都市。道所在地。直轄市。1908年開港したもっとも古い貿易港の一つで、かつては日本の大陸進出の兵站(へいたん)基地として製鉄、油脂工場が置かれ、「東満州」に直通する鉄道が敷かれていた。1945年の解放後、製鉄施設は朝鮮戦争の戦災にあい、新装備で再建され、屈指の金属工業基地となった。おもなものは清津製鋼所、金策製鉄所で、茂山鉄山から精選された鉄鉱石を輸送管で受け、製鉄、製鋼、特殊鋼などの製品を産出している。ほかに清津化学繊維工場、造船所、羅南(らなん)陶磁器工場、製菓工場がある。
 市街地は鏡城湾に注ぐ輸送川を挟んで海岸沿いに発達しているが、1960年都市行政区画の改編により富寧、羅南地区が編入され広域市域化している。北朝鮮の東北地方の政治、経済、文化の中心地として政府機関や文化芸術機関があり、清津工大、鉱山金属大学、師範大学がある。港は漁港と貿易港に分かれ、清津からロシア連邦のウラジオストクや、日本の新潟行きの航路がある。[魚 塘]

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