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藤ノ木古墳 ふじノきこふん

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

藤ノ木古墳
ふじノきこふん

奈良県生駒郡斑鳩町法隆寺字藤ノ木に所在する直径約 50m,高さ 8mの大型円墳墳丘には埴輪が見られる。 1987年に橿原考古学研究所が1次調査を行なった。内部構造は巨石を用いた全長 14.5cmに達する両袖式の横穴式石室で,玄室には,長さ 2.35m,幅 1.26m,高さ 1.54mの刳抜 (くりぬき) 式家形石棺が密封状態で安置されていた。この調査で石棺付近から出土した馬具などは金銅装透彫 (こんどうそうすかしぼり) の優品で,汎東アジア的意匠を示すものとして注目された。 1988年の2次調査で石棺が開かれた。水銀朱で真紅に塗られた棺内には深さ 10cmほどの水がたまっており中に男子1体,性別不明1体の計2体の人骨に伴っておびただしい副葬品が沈んでいた。おもな遺物には金銅製冠,刀剣6点,画文帯神獣鏡を含む銅鏡4点などがあり,6世紀後半の古墳副葬品が盗掘されず一括出土した点で,当時の埋葬の実体を知るうえで大きな意義がある。

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知恵蔵の解説

藤ノ木古墳

奈良県斑鳩町にあり、1988年の開棺調査で金銅製の冠、、筒型製品、帯、6振の大刀、5面の鏡、金の耳飾りなどで装飾された成人男性2体の骨が発見された6世紀の円墳(直径48m)。85年に豪華な馬具が出土し、内視鏡調査で未盗掘石棺と判明、大規模な総合調査態勢がとられた。

(天野幸弘 朝日新聞記者 / 今井邦彦 朝日新聞記者 / 2007年)

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朝日新聞掲載「キーワード」の解説

藤ノ木古墳

法隆寺の西約300メートルにある円墳で、85〜88年に内部を発沓全国的にも珍しい未盗掘石棺の外側から、象や鳳凰(ほうおう)など大陸的な意匠の透かし彫りを持つ金銅製馬具が見つかり、石棺内からは金銅製の冠や刀剣類などとともに、若い男性2人の遺骨が出土した。遺物は04年、一括して国宝となった。

(2007-10-06 朝日新聞 朝刊 3社会)

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デジタル大辞泉の解説

ふじのき‐こふん〔ふぢのき‐〕【藤ノ木古墳】

奈良県生駒郡斑鳩(いかるが)町にある6世紀後半の円墳。横穴式石室の石棺の内外から、金銀製の冠・帯・沓(くつ)、大刀、金銅製の装身具、玉類、鞍金具など豪華な副葬品が出土。

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百科事典マイペディアの解説

藤ノ木古墳【ふじのきこふん】

奈良県生駒郡斑鳩町にある6世紀後半の円墳。法隆寺の西350mに位置する。直径48mで,全長14.5mの横穴式石室をもち,中に未盗掘の朱塗りの家形石棺(長さ2.35m)が納められていた。1985年の調査では金銅製馬具1組,鉄地金銅張馬具2組,挂甲札,鉄鏃鉄刀など多くの遺物が出土。なかでも金銅製馬具は保存状態がよく,鞍金具には禽獣文,パルメット文,鬼神文が透彫りされ,当時の金工技術の粋を集めたものとして注目された。1988年に開棺された石棺の内部には伸展葬された2体の人骨があり,1体は20歳前後の男性であった。被葬者の周囲には多くの副葬品がほとんど埋葬時のまま残されており,冠,履,大帯など各種の金銅製品,獣帯鏡など4面の銅鏡,6口の刀剣,多量の玉類と金属製装身具などが出土。6世紀後半は聖徳太子が活躍する時代の直前であり,当時の斑鳩を知る上で重要な古墳である。

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世界大百科事典 第2版の解説

ふじのきこふん【藤ノ木古墳】

奈良県生駒郡斑鳩町にある6世紀後半の円墳。古墳の東350mには法隆寺の塔・金堂があり,さらに東400mには聖徳太子の斑鳩宮跡がある。墳丘は径48mで,6世紀の円墳としては大きい。ただし,奈良県内でも径65mの天理市塚穴山(つかあなやま)古墳をはじめ,同規模の広陵町牧野(ぼくや)古墳や大和郡山市割塚(わりづか)古墳などがある。さらに,奈良県内には6世紀の前方後円墳が15基あり,うち11基が全長50m以上である。

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大辞林 第三版の解説

ふじのきこふん【藤ノ木古墳】

奈良県生駒郡斑鳩いかるが町にある円墳。内部は横穴式石室で、巨石を使って築かれており、六世紀後半の築造と推定される。1985年(昭和60)には石室内から金銅製の鞍金具などの馬具類と家形石棺、88年には石棺内から金銅製の冠や沓、金・銀・金銅製の大刀などが発見された。

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国指定史跡ガイドの解説

ふじのきこふん【藤ノ木古墳】


奈良県生駒(いこま)郡斑鳩(いかるが)町法隆寺西にある6世紀後半の円墳。法隆寺西院伽藍(さいいんがらん)の西方約350mに位置する。直径50m以上、高さ9mの円墳は、法隆寺に残る記録によると「陵山(みささきやま)」とあり、蘇我馬子(そがのうまこ)らに暗殺された崇峻(すしゅん)天皇陵と記すものもある。物部氏や蘇我氏、平群(へぐり)氏の墓ではないかとする説などがあるが、定説化したものはなく、これまで考古学の世界ではほとんど注目されることはなかった。しかし、1985年(昭和60)の調査によって、盗掘を免れてきた横穴式石室内から、金銅製の豪華な馬具などが出土したことで注目された。石棺は二上山の白色凝灰岩を使った刳()り抜き式の家形石棺で、全面に朱が塗られていた。石室内から馬具のほか武器や武具類などが発見され、石棺内には、埋葬後に攪乱を受けていない2体の被葬者が確認された。そのそばには鏡や刀など1万2000点を超える豪華な副葬品がほぼ原位置を保って発見され、これまで性格のはっきりしなかった副葬品の用途や機能を考えるうえで貴重なデータとなった。1991年(平成3)に国の史跡に指定された。出土品の保存状態は良好とはいえず、10年を費やして保存処理が実施され、金銅製の馬具類、副葬されていた金銅冠、金銅履(くつ)、装飾大刀、各種の玉類、銀や金銅製の装飾品などの詳細な調査が行われた。高度な技術と華麗な意匠は、古墳時代後期の工芸技術の粋を集めたものとして高く評価されている。副葬品は一括して国宝に指定され、奈良県立橿原(かしはら)考古学研究所附属博物館で常設展示されている。JR関西本線法隆寺駅から奈良交通バス「法隆寺門前」下車、徒歩約5分。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

藤ノ木古墳
ふじのきこふん

奈良県生駒(いこま)郡斑鳩(いかるが)町藤ノ木にある6世紀後半の円墳。古墳の東300メートル余には法隆寺があり、江戸時代にはミササギ山とよばれ、崇峻(すしゅん)天皇陵と伝承されていた。1985年(昭和60)に斑鳩町と奈良県立橿原(かしはら)考古学研究所によって発掘調査が行われた。墳丘は径40メートルで、南南東に開口する全長14.5メートルの横穴式石室がある。石室には家形石棺があり、60個体余の土師(はじ)器・須恵(すえ)器と馬具などが出土した。
 馬具はすべて金銅(こんどう)装で3セットある。1セットの鞍金具(くらかなぐ)にはパルメット・亀甲(きっこう)・鳥・獣・怪魚・象・兎(うさぎ)と鬼神などの文様があり、後輪中央の把手(とって)の両端には金細工をはめ込んだガラス玉がついている。文様の背景には、中国・朝鮮の思想が考えられる。国際色豊かな馬具がなぜ斑鳩の地にもたらされたのかという点は、聖徳太子が飛鳥(あすか)ではなく斑鳩に宮を造営した背景と関連するかもしれない。[石野博信]
『橿原考古学研究所編『斑鳩藤ノ木古墳』(1986・斑鳩町)』

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