蛙の子は蛙(読み)カエルノコハカエル

  • かえる
  • の 子(こ)は蛙(かえる)
  • 蛙(かえる)の子(こ)は蛙(かえる)

精選版 日本国語大辞典の解説

何事も子は親に似るものだ、子は親の進んだ道をあゆむものだ、また、凡人の子はやはり凡人であるなどの意にいう。
※浄瑠璃・仮名手本忠臣蔵(1748)九「蛙(カイル)の子は蛙に成る、親に劣(おとら)ぬ力彌めが大だはけ」

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ことわざを知る辞典の解説

子どもは、小さいころは親に似ていなくても、あるいは親の仕事とは違う世界に興味をもっていても、結局は、親に似たり、親の進んだ道を歩んだりするというたとえ。

[使用例] どうもこういう道楽稼業の家に育ったものには、堅気の奉公は出来にくいものと見えて、どこへ行っても辛抱がつづかず、十四五の時から家へ帰って清元のお稽古かなんかして、唯ぶらぶら遊んでいるうちに、蛙の子は蛙で、やっぱり親の商売を受け嗣ぐようになってしまった[岡本綺堂*三浦老人昔話|1925]

[使用例] 競技生活から引退した直後に生まれた敦子は、その後陸上競技をやるようになって、五種競技で日本記録を出したりするものだから、「カエルの子はカエル」などと騒がれたりしたが[南部忠平*紺碧の空に仰ぐ感激の日章旗|1988]

[解説] ことわざは当たり前のことをいっているようですが、蛙の子のオタマジャクシを思い浮かべると、親とはまったく違う姿をしていて、巧みな比喩であることがわかります。
 かつては、単に「子どもは親に似る」というだけでなく、平凡もしくは取るに足りない者という意味合いが付随し、他人の子どもに対しては遠慮して口にしない傾向がありました。しかし、身近にカエルを見かける機会が減ったせいか、近年は、親子が似ている場合や子どもが親と同じ道に進んだときに、従来のニュアンスにとらわれず使われるようになり、時にはむしろ称賛する文脈で使われる場合も出てきています。

[類句] 瓜の蔓に茄子はならぬ

〔英語〕The apple never falls far from the tree.(リンゴは木の遠くには落ちない)/Like father, like son.(父に似る息子)

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