1036年に公布されて、以後約400年余り使われた西夏国の国定文字。全部で六千数百字あって、書体には、楷書(かいしょ)、行書、草書、篆(てん)書がある。漢字によく似た形をもち、偏、旁(つくり)、冠(かんむり)などの要素の組合せでつくられるが、漢字とは違って象形字や指事字はなく、西夏人の独特の発想を背景として構成される会意字が圧倒的に多く、形声字もある。たとえば、「血」に皮偏をつけると「血管」になり(会意)、「空(から)」ngahを音符として「注ぐ」ngahがつくられる(形声)。左右に同じ要素を並べたり(「集」、「双」)、要素の配置を左右逆にしてつくられる対称文字「人」と「心」、「盗む」と「盗人」も特徴的である。また、基本字から派生字をつくるのに二つの手順があった。〔1〕基本字に別の要素を添加する接合法、「切る」に「金冠(かねかんむり)」をつけて「のこぎり」。〔2〕基本字の一部を別の要素と入れ替える置き換え法、「文字」の旁を「造る」の偏と置き換えて「筆」。
文字相互の間の関連づけがおもしろい。西夏人がこのような表意文字を考案したのは、単に漢字を模倣しただけではなく、西夏国内でいろいろのことばを話す少数部族に、どのように発音しても同じ意味を伝達できる便利な通達手段を与えるためであった。種々の仏教経典、論典はもとより、法律文書、文学、詩、格言からおみくじに至るまで、多量の資料が残り、西夏人の日常生活もこの文字によって記録されている。西夏国滅亡以後もなおこの文字は使われていた。
[西田龍雄]
『西田龍雄著『西夏文字――その解読のプロセス』(1980・玉川大学出版部)』▽『西田龍雄著『西夏文華厳経』全3巻(1975~77・京都大学文学部)』▽『西田龍雄著『アジアの未解読文字』(1982・大修館書店)』
西夏国(1032-1227)の国定文字として,1036年に公布され,西夏国滅亡後も使われていた文字。西夏語の表記に用いられた。最も年代の新しい資料は,近年,中国河北省保定で発見された明代初期の碑文である。建国の英主,李元昊(りげんこう)が野利仁栄(やりじんえい)に作らせたと伝えられる。全体で6133字あり,漢字と似て約300種の冠(かんむり),偏,旁(つくり)などの要素を組み合わせて(44通り)構成され,形声字,会意字が多い。たとえば,木冠に〈先端〉は梢,水偏に〈重い〉は沈む,金冠に〈二つに切る〉は鋸(のこぎり)などの会意字の作り方には,西夏人の独特の思考が反映されていてたいへんおもしろい。字形の構成法はほぼ解明されており,基本字の一部を置き換える方法,別の要素を添加する方法,魚と水,太と大のように左右あるいは上下の要素を入れ替えて対称にする方法など,種々の派生法があった。この文字は上から下へたて書きされ,行は右から左に移る。時代による字形の改変は少なく,書体には楷書体のほかに草書,行書,篆(てん)書体があった。
西夏文字資料は多量に現存し,〈死の町〉ハラホトから持ち帰ったサンクト・ペテルブルグにあるコズロフ・コレクション,ロンドンにあるスタイン収集品,そして北京図書館の蔵本が有名である。また,フランスと日本に少量の写本,刊本(木版本,木活字本)がある。400点に及ぶ仏典の翻訳(漢文とチベット文から)や《論語》《孟子》《孝経》などの中国古典の訳本のほかに,韻書,詩書,法律書などの西夏人の創作をはじめ,医学,占い,契約文書などが残され,当時の西夏人の日常生活のありさまを伝えている。
執筆者:西田 龍雄
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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タングート語表記のために西夏でつくられ使用された文字。創製者については諸説あるが,李元昊(りげんこう)が1036年に公布したとされる。漢字の影響を受け,漢字の部首にあたる300種以上の文字要素を数十の方法で組み合わせて合成される複雑な字体を持つ。文字構成要素の大部分は表意文字である。漢訳やチベット訳から重訳された仏典,碑文,辞書など多数の文献が発見され,日本やソ連の学者によって解読が進んだ。西夏の滅亡後も使用され,北京北方の居庸関(きょようかん)などに残っている。
出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…また榷場貿易ではラクダ,馬,牛,羊,毛氈などのほか,甘草,蜜蠟などを輸出して,絹織物,香薬,磁器,漆器などを輸入した。
[文化]
李元昊は西夏文字の創造に独立意識を燃やし,この文字を公布した広運3年(1036)を記念して,年号を大慶元年と改めた。以後,西夏国の公用語は,おそらくそれまで使われた漢語に替わって西夏語となり,公用文字は西夏文字に定められた。…
※「西夏文字」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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