訴えの利益(読み)うったえのりえき

改訂新版 世界大百科事典 「訴えの利益」の意味・わかりやすい解説

訴えの利益 (うったえのりえき)

訴訟によって紛争を解決するにあたっては,訴訟を利用することを正当化できるだけの利益または必要性のあるものでなければならない。正当な利益または必要性が認められる訴えであってはじめて,原告相手方当事者を裁判所に呼び出して訴訟による論争を行うことを正当化できるし,裁判所に対しても自己(原告)の申立てについて中身に立ち入った判決をなすことを要求できる。訴訟制度を利用するに際して課されるこのような要件または制約を訴えの利益という。

訴えの利益のない訴えは不適法として却下される。民事訴訟は,原告の被告に対する法的な主張を論争の対象とするものであるから,法律的にその当否が判断できる具体的な権利または法律関係についての主張でなければ,利益のある訴えとはいえない。したがって,法的な主張でない学説上の争いや宗教上の教義の真否をめぐる主張などは訴訟の対象にならないし,法的主張を背後にもっていても,たとえば〈〇月〇日にAが交通事故を起こしたことの確認〉や〈AはBに金500万円を手渡したことの確認〉などの単なる事実の確認は,具体的な権利関係の主張とはいえないので,原則として訴えの利益がない。また,民事訴訟は,当事者間の具体的利益紛争の解決をはかるための手続であるから,抽象的な法令(たとえば憲法9条)の解釈の当否や一般的な権利の存否(たとえば嫌煙権の存否)を対象とすることはできない。

 訴訟による論争は相手方に相当な負担と苦痛を与えるのが通常であるので,訴えの利益が認められるためには,紛争が訴訟にまで持ち込まれてもやむをえないとみなされるほどに成熟したものでなければならない。当事者間の交渉過程で相手方が支払の意思を表明しているのに訴えを提起したり,相手方との交渉を有利に展開する目的でいわばおどしとして訴えを利用することが明らかな場合などは,この観点から利益がないといえる。履行期が到来していない将来給付を求める訴えにあっては,当事者間の紛争経過からみてあらかじめこの請求をして給付判決を得ておく必要がある場合に訴えの利益が認められる(民事訴訟法135条)。訴えの利益は,理論上は確認の訴えにおいて問題となることが多い(確認訴訟)。確認訴訟は,その対象としてさまざまなものが考えられるからである。

 訴えの利益があるかないかの審理は,請求に理由があるかどうかの内容に立ち入った審理よりも先になされなければならないというものではない。訴訟の実際でも,訴えの利益があるかどうか微妙な事件では,ある程度請求の中身についての弁論証拠調べが行われてはじめて訴えの利益の存否についても見通しが立つのがふつうであるから,訴えの利益と請求の当否(本案)についての審理は並行してなされることが多い。
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行政訴訟においても,原告適格を有する者の範囲を画するために訴えの利益の有無が問題になる。旧来の行政訴訟においては,営業許可の取消処分や租税賦課処分などについて,処分の相手方が直接に原告となってその違法性を争うものが大部分を占めてきた。しかし最近では,公共土木事業の許認可,マンションの建築確認,地名変更の決定,公正競争規約の認可などについて,行政処分の直接の相手方でない第三者,たとえば地域住民あるいは消費者が,公害防止・環境保護のために,あるいは消費者保護のために行政処分の違法性を争うという事例が著しく増加してきている。こうした事例では,訴えの利益の有無がきわめて重要な問題となる。行政訴訟の中には民衆訴訟機関訴訟のように個人の権利・利益の侵害を要件としないものもあるが,行政処分や裁決に対する取消しの訴え,無効確認の訴えなどいわゆる抗告訴訟においては,行政権の違法な行使による個人の権利・利益の侵害が訴え提起の適法要件とされている。これは,行政事件訴訟法9条が,取消訴訟は当該処分または裁決の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者に限り提起することができると定めていることなどから明らかである。

 問題は,しかし,上にいう法律上の利益とはいったいいかなる利益をさしているかという点にある。この点に関して,行政事件訴訟法の立案過程では法律上の利益についての解釈は将来の学説・判例の展開にゆだねるとされたが,最近の判例では,行政事件訴訟法9条にいう法律上の利益とは個人の権利・利益の保護を目的とする個々の実定行政法規によって保護された具体的な個人的利益をさすとし,広く公益一般の保護を目的とする法律によってたまたま個人がなんらかの利益を得ることがあっても,それは単なる事実上の利益ないし反射的利益にとどまるとする見解が支配的である。しかし,このような判例の見解に対しては,行政権の違法な行使に対する裁判的統制を充実する観点から,訴えの利益を広く解すべきであるとする批判が強くなされている。
行政訴訟
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

知恵蔵 「訴えの利益」の解説

訴えの利益

民事訴訟や行政事件訴訟において、当事者が求める請求の内容の適否を裁判所が判断する必要性・適切性に関する要件。訴訟制度が適切かつ効率的に利用されるためには、請求の内容が訴訟において解決されるにふさわしいものであって、現実に解決の必要性があること、及び訴訟が適切な当事者によって行われていること(当事者適格)等が必要である。例えば、行政事件訴訟においては、違法な公権力の行使の取り消しを求めて訴訟を提起する原告適格を国民一般に認めているわけはなく、原則として、その行為を取り消すにつき法律上の利益を有する者に限られてきたが、2004年の行政事件訴訟法の改正を受けて、これを広く解する流れが生じてきている。このような訴えの利益を欠く訴えが提起された場合には、裁判所は請求の内容について実質的な審理に入らず、訴えは却下される(門前払い判決)。なお、行政事件訴訟においては、処分性や原告適格の問題を除いた部分について、狭い意味で訴えの利益といわれる場合が多い。

(土井真一 京都大学大学院教授 / 2007年)

出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報

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