(1)民事訴訟上,正規の証拠調べの時期まで待っていたのでは,その証拠の使用が不能または困難になる事情(たとえば,証人の死亡や外国への移住,検証すべき現状の変更のおそれ等)がある場合に,あらかじめ本来の手続と別個に証拠調べをしてその結果を保存しておくための付随手続をいう(民事訴訟法234条以下)。証拠保全手続は,訴訟係属の前後を問わずすることができる。通常,申立てによって開始されるが,訴訟係属中は職権でも命ずることができる(237条)。申立ては訴えの提起後にあってはその証拠を使用すべき審級の裁判所にすべきことを原則とするが,最初の口頭弁論期日が指定された後(または事件が弁論準備手続もしくは書面による準備手続に付された後)口頭弁論の終結に至るまでは,受訴裁判所にすべきである。この後者の場合には,裁判所は受命裁判官に証拠調べをさせることができる。また,急迫な場合または訴訟係属前は,申立ては証拠方法の所在地を管轄する地方裁判所または簡易裁判所にすることができ,またはすべきである(235,239条)。証拠調べには申立人と相手方を関与させるのが原則であるが(240条),将来訴訟において相手方とすべき者がまだ判明しない場合(たとえば,不法行為の加害者が不明な場合等)には,裁判所は相手方となる者のために特別代理人を選任して立ち会わせることができる(236条)。証拠保全の記録は,本訴訟が行われることになれば,その裁判所に送付する(民事訴訟規則154条)。保全された証拠調べの結果は本訴訟の証拠調べと同一の効力をもつが,証人尋問の場合は直接主義の要求を徹底させるため,当事者の申出により口頭弁論で調べ直さなければならない(民事訴訟法242条)。保全費用は後の本訴訟の費用に加えられる(241条)。
(2)刑事訴訟上も当事者平等の原則から証拠保全が認められている。被告人・被疑者または弁護人が,あらかじめ証拠を保全しておかなければその証拠を使用することが困難な事情があるとき,公訴提起の前後を問わず第1回公判期日前に限り,裁判官に押収,捜索,検証,証人尋問,鑑定の処分を請求することができる(刑事訴訟法179条)。なお,検察官の請求により,捜査機関の面前における供述を公判廷でひるがえすおそれがあり,かつその供述が犯罪証明に不可欠である場合に,検察官は証人尋問を請求することができるが(227,228条),これも実質的な証拠保全である。
執筆者:野村 秀敏
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
民事訴訟法では、あらかじめ証拠調べをしておかなければ、のちにその証拠を使用することが困難になる事情がある場合に、訴えの提起前、または訴訟の係属後、正規の証拠調べ前に、裁判所があらかじめ証拠調べをして、その結果を確保する手続をいう。申立てにより開始されるが、訴訟の係属中は、裁判所が必要と認めれば、職権をもって証拠保全の決定をすることができる。証拠保全はすべての証拠方法について許される。証拠保全の手続において尋問した証人について、当事者が口頭弁論においてふたたび尋問の申出をしたときは、裁判所はその尋問をしなければならない。
刑事訴訟法では、あらかじめ証拠を保全しておかなければその証拠を使用することが困難な事情があるときに、被告人、被疑者または弁護人の請求によって、第1回公判期日前に限って、裁判官が押収、捜索、検証、証人の尋問または鑑定の処分をする手続をいう。
[内田一郎]
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