( ①について ) ( 1 )平安末期から現われたが、形式の整った中世のものでは、「敬白」「起請文之事」などと冒頭に置き、末尾は、「仍起請文如件」と結んで、署名判と年月日を記す。内容は、宣誓の具体的な事柄を記し、もしそれに違背すればと書いて、神文(しんもん)(=誓詞)となり「梵天帝釈四大天王総而日本国中大小神祇」以下神仏名を列挙し、その罰をわが身に受ける旨を記すという構成をとる。
( 2 )料紙も熊野神社などの発行する牛王宝印(ごおうほういん)の裏に書かれることが多くなり、戦国時代頃からは前書に通常の白紙を用い、神文に牛王宝印の裏が用いられるようになった。また、誓約の意志を強烈に示すため、名字、花押の上に血を塗るなどの血判(けっぱん)も行なわれるようになった。
誓紙,誓文ともいい,前近代の日本で,人と人とが約束をとりかわすとき,神仏を仲立ちとし,偽りがあればその神仏の罰をうけることを誓うことがあり,その誓いを文書に書いたものを起請文という。起請文は,誓約内容を記した前書と呼ばれる確言と,もし誓約に背けば神仏の罰をうけるという自己呪詛文言を記した神文・罰文とからなり,しばしば護符の一種である牛玉(ごおう)宝印を料紙とする。
誓約の対象の神仏は日本国中の大小神祇からはじめて各自の信ずる神仏名をあげさせるものが多く,江戸時代には,転びキリシタンに棄教をゼウス,マリアにかけて誓わせる〈南蛮起請〉というものもあらわれた。また,誓約に背いてうける罰は,現世では癩病,後世では堕地獄と,二世にわたるものが多く,一般に,鎌倉から室町・戦国と時代が進むにつれて,神仏名や罰の中身が増えて重々しくなっていく。また同じころ,身血を付着させる血判も例が多くなるが,これは宣誓の意志の強い表明である。これらは,実は,起請文の権威がおとろえ,起請破りが増えていくことの裏返しの表現にほかならない。
起請文は現存する例からすると,平安時代末の成立で,事を発起してその実行を誓う起請と,祈願をするにあたって宣誓をし,その宣誓の当否の判定を神にゆだねる天判祭文とがその源流であるといわれる。中世には,誓約をとりかわす場合,起請文・誓紙が書かれる場合と,ほぼ同じ文言を言葉で述べる誓言が行われる場合とがあり,個人的な誓いから大名どうしの和睦,さらには共同体の掟の決定まで,しばしば誓紙・誓言がとり行われ,さらに,この誓紙・誓言が訴訟の場で用いられることも多かった。参籠起請,落書(らくしよ)起請,湯起請,鉄火起請などがそれで,落書は,犯人不明の犯罪のとき,無記名投票で犯人を探す方法で,湯起請,鉄火起請は熱湯の中の石や焼けた鉄棒を握らせるもので,犯罪や境相論で当事者の主張が相反したときに行われる。いずれも,手続の最初の段階でまず起請文を書かせられ,しかる後に参籠したり,落書をしたり,鉄火をつかむなどのことが行われた。落書の場合は,あらかじめ通数を決め,その通数に達した場合に犯人とされるが,そのほかの場合は,〈失(しつ)〉が問われる。〈失〉とは,宣誓を破ったと認められる現象のことで,鉄火や湯起請の場合は,逐電したり握れなかったとき,または事後の火傷の状態で判断され,参籠起請の場合は,1235年(嘉禎1)の鎌倉幕府法によれば参籠中に鼻血などの出血や烏に尿をかけられたり,乗馬がたおれたり,というようなことがあった場合には失あり,とされ,訴訟に敗北する。
戦国時代ころからは,あて名が書かれるようになり,起請文は一種の契約書のように相手の手元に残されるようになっていくが,本来起請文は神仏にささげられるもので,あて名は書かず,しばしば,神前で焼きあげられ,その灰を神水にうかべて飲むということが行われた。とくに寺院の大衆や農民たちが蜂起するときは,一味神水といって,誓約の後に起請文の灰を浮かべた神水を飲みかわして誓いを固めることが多い。そうした場合,当然起請文の正文は現代には伝わらないわけである。
なお,最近の研究で,誓約に際して,鐘などを打ったり(金打(きんちよう)),香をたいたりして,神仏をその場に臨ませる(神おろし)など,誓約の場は,神仏と人とが同席すると信じられる臨場感にあふれた場で,当時の人々には,しばしば〈身の毛もよだちてぞありける〉などと表現されるような場であったことが明らかにされてきた。このような誓約の場の臨場感こそが,起請文が効力をもちえた理由だったのであろう。
執筆者:千々和 到
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起請とは、神仏に呼びかけて、もし自己の言が偽りならば、神仏の罰を受くべきことを誓約することをいい、これを記した文書を起請文という。
起請には確言的起請(内容にあることが、真言であることを確言すること)と、確約的起請(ある事をし、またはしないことを確約するもの)とがあった。この意味の起請は古くから行われていたが、これを記した文書を起請文と称したのは平安後期からである。起請の内容を記した部分を前書といい、神仏の罰を受くべき旨を記した部分を罰文または神文(しんもん)という。罰文としては、鎌倉時代の御成敗式目の末尾にある北条泰時(やすとき)らの連署起請文の「梵天(ぼんてん)・帝釈(たいしゃく)・四大天王・惣(そう)日本国中六十余州大小神祇(じんぎ)、特伊豆・筥根(はこね)両所権現(ごんげん)、三島大明神・八幡大菩薩(はちまんだいぼさつ)・天満(てんまん)大自在天神、部類眷属(けんぞく)神罰冥罰(みょうばつ)各可罷蒙者也、仍起請文如件」というのがその後の典型となった。起請文は初め白紙に書かれていたが、のちには寺社の発行する牛王(ごおう)と称する紙の裏に記すようになった。熊野の神使である烏(からす)の模様で「牛王宝印」の4文字を表現した熊野神社の牛王が知られている。起請文は中世では各種の場合に用いられ、ことに裁判の証拠方法上、主要な意味をもっていたが、江戸時代には形式化した。
[石井良助]
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誓紙・罰文・告文(こうもん)・神判(しんぱん)とも。契約した内容の遵守を神仏に誓い,違反した場合に神仏の罰をうけることを記した文書様式。平安末期には天判起請文と称し,誓約内容に反した場合には罰をうけることを神仏に誓約する内容が行われた。そのため特定の充所(あてどころ)はつけない例が多い。鎌倉後期からは,神仏の名を手書あるいは木版刷にした牛王(ごおう)宝印の裏を返し,多数の人間が詳細な誓約を記すようになった。誓約内容を記した部分を前書(まえがき),神仏の罰をうけることを記した部分を神文(しんもん)とよぶ。大寺院の衆徒の意思統一や所職(しょしき)・荘園支配の保持のために広く用いられた。戦国期には大名どうしの盟約の手段として起請文の交換がよく行われ,そのため充所を付加する様式もみられるようになる。
出典 山川出版社「山川 日本史小辞典 改訂新版」山川 日本史小辞典 改訂新版について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
出典 旺文社日本史事典 三訂版旺文社日本史事典 三訂版について 情報
…初期のかぶき者には,没落した在地小領主や,名主(みようしゆ)の家父長制的経営から解放された小農民を主体とする中間(ちゆうげん),小者(こもの)などの武家奉公人が多かった。かぶき者の首領たちは大鳥居逸兵衛,大風嵐之介などの異名をもち,若者を集めて血判の起請文(きしようもん)をとり,もし仲間に災難が起きた時は身命を捨て,たとえ相手が君父であっても〈道理〉に反した場合は容赦せず復讐することを誓っていたというから,かぶき者の行動原理は戦国以来の反権力思想たる下剋上思想にほかならない。しかし幕藩制身分秩序が確立するにつれ,旗本奴(やつこ)と町奴との対立にみられるように,かぶき者の行動や行動原理もしだいに矮小化し風俗化していった。…
…寺院・神社から発行される一種の護符。しばしば起請文の料紙に用いられる。和紙に〈二月堂牛玉宝印〉〈多賀大社牛玉宝印〉〈熊野山宝印〉などの文字が独特の字配り,書体で書かれ,仏の種字(しゆじ)(梵字)や宝珠などをあらわす朱印が押されたもの。…
…ある事実を証明する証拠能力を有する文書の総称としての〈証文〉と同義に使われることも多いが,とくには,訴訟の裁定のために提出を要請される書面証言を記した文書。後者の場合は,むしろ〈起請文〉〈誓状〉の一形式であって,〈相論の時,証人に尋ねらるるの事,訴論人の注文につき,両方の縁者を除き,起請文の詞を載せて証状を召さるるの条,傍例たり〉(《山田氏文書》1300年(正安2)7月2日鎮西下知状)といわれたように,裁判機関の問状(といじよう)をうけて,起請文をもって提出された。ただし,〈祭文起請,公家は用いられず〉(《玉葉》1187年(文治3)5月16日条)とあるように,公家では訴訟手続に起請文を用いない伝統があった。…
…これらは1712年(正徳2)から式日が2,11,21日,立合が4,13,25日,また内寄合は21年から6,18,27日となった。式日には諸役人は審理の公正を誓う起請文(きしようもん)を提出したが,これは《貞永式目》発布の際の鎌倉幕府評定衆の起請文にならったものである。式日には三奉行の立合で落着しない難事件を老中出座で審理するのが当初の目的であったようであるが,1720年にはとくに式日とて公事を撰出することを禁じた。…
※「起請文」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
年齢を問わず、多様なキャリア形成で活躍する働き方。企業には専門人材の育成支援やリスキリング(学び直し)の機会提供、女性活躍推進や従業員と役員の接点拡大などが求められる。人材の確保につながり、従業員を...
10/29 小学館の図鑑NEO[新版]動物を追加
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