小惑星やすい星,流星,衛星,人工衛星などの軌道を決定する理論で,軌道決定法ともいう。太陽のまわりにケプラー運動を行う小惑星やすい星などの軌道は6個の軌道要素で与えられる。ゆえに,これらの天体の位置を地球から観測して,それに基づいて天体の軌道要素を決定することが軌道論の中心問題である。ここに,天体の位置というのは,三次元空間における位置ではなくて天球上の位置であり,赤経αと赤緯δとで表される。実際,小惑星などの距離を直接に測定することはできない。6個の軌道要素を決めるには観測データも6個必要であり,適当な間隔の三つの日時t1,t2,t3における観測データα1,δ1,α2,δ2,α3,δ3が用いられる。観測日時の間隔が短すぎると,軌道のごく一部の観測から軌道全体を決めることになるので,軌道はよく決まらない。小惑星の場合には少なくとも10日以上の間隔が望ましい。さらに観測には必ず誤差が伴うので,3夜以上の多数の観測データがあれば,それらをすべて利用して,より精確な軌道を求めることになる。それにはまず適当な3組の観測データを選んで暫定軌道を決める。次にその暫定軌道を使って未使用の観測日時の天体位置を推算する。推算位置が観測データと一致すれば申し分ないが,一般にはそうならない。そこで,すべての観測データとの整合を最良にするように暫定軌道を改良して最終的な軌道を求める。このとき暫定軌道の要素を改良するのに最小二乗法が使われる。このように,軌道論は軌道の決定を中心問題とするのであるが,同時に,与えられた軌道要素に基づく天体の位置推算とか,軌道要素の改良法なども扱うことになる。なお軌道要素の改良は,天体の軌道が摂動によって変動する場合にも必要となり,観測期間が長期にわたれば問題になる。
新しく小惑星が発見された当初には,3夜の観測さえ行われていない場合が多い。このとき,もし2夜の観測があれば軌道の形を円と仮定して円軌道を決めることができる。円軌道では離心率eは0であり,近日点引数ωは求める必要がないので,決定すべき軌道要素は,軌道の半長径a,軌道傾斜i,昇交点黄経Ω,そして近日点通過の日時の代りに元期における天体の緯度引数(昇交点から天体までの角距離)の4個となる。したがって2夜(日時t1,t2)の観測データα1,δ1,α2,δ2があれば十分である。ここに元期としては2回の観測の中央の日時を選ぶことが多い。小惑星の軌道の離心率は平均値が0.15程度なので,円軌道の仮定は応急処置として妥当である。何はともあれ新発見の天体については,早急に軌道決定を行ってその後の観測のための位置推算データを求めておくことが急務である。肉眼で見えない天体に望遠鏡を向けるのには,その位置が予報されていなければならないわけである。こうして新天体が見失われることなく多数の観測が得られれば,あらためて本格的に精確な楕円軌道を求めることができる。もしも新発見の天体がすい星なら,円軌道の代りに放物線軌道を仮定する。放物線軌道では離心率が1であり,半長径の代りに近日点距離qを使うが,とにかく軌道要素は5個となる。したがって2夜の観測では不足で3夜の観測が必要となる。3夜の観測があれば,原則として離心率も決まるはずであるが,実用上は離心率1の放物線軌道と仮定したほうが残る5要素がよく決まって,当座の位置推算に適している。
もっとも簡単な円軌道決定法について,その原理を解説すると次のようになる。観測日時t1,t2における地球の位置(既知)をE1,E2として,天体はそれぞれの方向に観測されたとする。そこで天体の円軌道の半径をaと仮定すれば,空間の位置が図のP1,P2のように決まり,したがって軌道面と∠P1SP2とが決まる。一方,仮定したaからケプラーの第3法則によって平均運動nが決まる。そしてn(t2-t1)は∠P1SP2に等しいはずである。つまり両者が等しくなるようにaの値を決めて,次いで正しい軌道面も決まることになる。
万有引力と天体運動の法則に基づく軌道論を,初めて論じたのはI.ニュートンである。E.ハリーはその方法を1531年,1607年,82年に出現したすい星の軌道決定に適用して,これらが同一のすい星であることを確かめた。これがハリーすい星で,初めて発見された周期すい星である。ニュートン以後,L.オイラー,J.H.ランバート,J.S.ラグランジュ,P.S.ラプラス,H.W.M.オルバースなどの天文学者により種々の軌道決定法が提案されてきたが,とりわけK.F.ガウスの楕円軌道決定法は完成度の高いもので,現在でも使われている。1801年の年初に発見されて,2月中旬に見えなくなった新天体ケレスの軌道を,ガウスは精確に決定して,02年の再発見に導いた。このときガウスは最小二乗法も導入している。最後に,人工衛星の軌道決定では,距離,視線速度などが直接観測されるので,軌道決定法も赤経,赤緯の観測値のみを使う従来の方法を脱皮して多彩化されている。
執筆者:堀 源一郎
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