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連雲港 れんうんこう

百科事典マイペディアの解説

連雲港【れんうんこう】

中国,江蘇省北東部の港湾都市山東半島の南側の付け根にあり,蘭州と結ぶ隴海(ろうかい)鉄路の起点で,1935年以後の港湾設備の整備により急速に発展。1905年開港。
→関連項目中華人民共和国

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世界大百科事典 第2版の解説

れんうんこう【連雲港 Lián yún gǎng】

中国,江蘇省北東部の海州湾奥にある省直轄市。東海,灌雲,贛楡の3県を管轄する。面積は6451km2(うち市区は830km2),人口は356万(うち市区は56万)(1994)。最近,東部沿海地区の開発拠点として急速に発達している港湾都市である。(山東半島の南側の付け根にあり,文化的には斉魯文化の影響が強かったが,淮北(わいほく)が塩業や交通を基盤に独自の力をもつとともに,その中心都市となっていった。秦代に県(くけん)が設けられ,隋・唐以後は東海郡・海州の中心として発達した。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

連雲港
れんうんこう / リエンユンカン

中国、江蘇(こうそ)省北東端、黄海に臨む地級市。連雲、(かんゆ)、海州(かいしゅう)の3市轄区と、東海(とうかい)、灌雲(かんうん)、灌南(かんなん)の3県を管轄する(2016年時点)。人口510万9900(2012)。1949年、新浦(しんほ)、海州、連雲港などを合併して新海連(しんかいれん)市が設けられ、1961年に現名に改められた。古くは海州と郁洲(いくしゅう)の地であったが、現在の陸地は海中にあり、雲台山(うんたいさん)は黄海上の孤島であった。1194年に黄河(こうが)が淮河(わいが)の流路を奪って南流してから泥砂の堆積が進み、1710年ごろにはほぼ陸地化して雲台山が陸続きになった。
 北宋(ほくそう)時代よりおこった淮北地方の製塩業は、明(みん)・清(しん)時代には淮南地方を上回り、河港の海州は塩の集散、積出し港として繁栄した。清末には(じゅつが)の土砂で港が埋まったため、港は東の新浦および大浦に移され、さらに1935年オランダにより牢窰(ろうよう)に新たに築港された。港外にある東西連島が衝立(ついたて)の役割を果たし、天然の良港として重要性が高まった。中国の東西交通の大動脈である隴海(ろうかい)線の起点であり、また運塩河により灌河(かんが)、中山河などと交差して淮陰(わいいん)に至るなど江蘇北部の内陸水運の起点でもある。
 中華人民共和国成立後、機械、電子、紡績、食品、化学などの工業が発展した。1984年、改革開放政策の下、沿海対外開放14都市の一つに選ばれた。2006年には、中国最大級の発電規模をもつ田湾原子力発電所が稼働している。海州湾は豊富な漁場であり、エビの養殖が盛ん。淮北塩田は中国の四大塩田の一つであり、市中に横たわる雲台山は著名な雲雰茶(うんふんちゃ)の産地である。また市内の錦屏山(きんぺいさん)には燐(りん)鉱石の埋蔵が豊富で、化学肥料の原料として利用される。蛇紋岩、大理石、水晶などの石材も豊かである。海州区の孔望山(こうぼうさん)には後漢(ごかん)時代の磨崖彫像がある。[林 和生・編集部]

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世界大百科事典内の連雲港の言及

【江蘇[省]】より

…中華人民共和国の成立後,津浦,滬寧両線の複線化と南京の長江大橋が完成(1968)し,北京~天津間を加えると北京から南京を経由して上海に達する京滬(けいこ)線ができあがり,南北交通の大動脈となったのである。隴海(ろうかい)線は連雲港から本省の北部を通過して甘粛省の蘭州に達するもので,西部の天水から蘭州までは人民共和国成立後に延長された。寧蕪線は蕪湖から南に向かい,安徽省の寧国,屯渓をへて江西省の景徳鎮に至り(皖贛(かんかん)線),さらに南行して浙贛(せっかん)線に連接している。…

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