コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

遠山金四郎 とおやまきんしろう

8件 の用語解説(遠山金四郎の意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

遠山金四郎
とおやまきんしろう

[生]?
[没]安政2(1855)
江戸時代後期の江戸町奉行。景晋の子。名は景元。左衛門尉と称し,北町奉行南町奉行を経て大目付に進んだ。市井無頼の徒と交遊し,下情に通じた名判官とうたわれ,「遠山の金さん」として講談や浪曲で知られる。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉の解説

とおやま‐きんしろう〔とほやまキンシラウ〕【遠山金四郎】

[?~1855]江戸末期の町奉行。名は景元。左衛門尉(さえもんのじょう)と称した。小普請作事勘定などの奉行を経て、江戸の町奉行となり、名奉行といわれた。桜の入れ墨のある「遠山の金さん」は、講談などでの脚色。

出典|小学館 この辞書の凡例を見る
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

百科事典マイペディアの解説

遠山金四郎【とおやまきんしろう】

江戸後期の町奉行。名は景元(かげもと)。小普請奉行勘定奉行公事方を経て,1840年北町奉行。天保改革の主導者水野忠邦や南町奉行鳥居耀蔵とは親密ではなかったようでいったん大目付に移されたが,忠邦失脚後の1845年再度南町奉行。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. ご提供する『百科事典マイペディア』は2010年5月に編集・制作したものです

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

遠山金四郎 とおやま-きんしろう

遠山景元(とおやま-かげもと)

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

江戸・東京人物辞典の解説

遠山金四郎

1793〜1855(寛政5〜安政2)【幕臣】芝居小屋を廃止から守った、庶民派の入墨北町奉行。 幕臣。名は景元。勘定奉行をへて1840年に北町奉行。天保改革にあたり、水野忠邦の芝居小屋廃止に反対、浅草猿若町への小屋移転だけに留めた。また、株仲間解散令でも忠邦と対立するなど、厳しい市中取り締まりに抵抗し、市政からはずされたが、1845年南町奉行に復帰した。若い頃は無頼生活を送り、入墨をしていたと言われる。大岡越前守に並ぶ名奉行として市井の評判を集め、講談化された。

出典|財団法人まちみらい千代田
監修:江戸東京博物館 都市歴史研究室長 北原 進
(C) 財団法人まちみらい千代田
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典 第2版の解説

とおやまきんしろう【遠山金四郎】

1793‐1855(寛政5‐安政2)
江戸末期の幕臣。幼名は通之進,名は景元(かげもと),号は帰雲。金四郎は通称。左衛門尉景晋(かげくに)の子(遠山家には金四郎を名のる者が少なくないが,景元がもっとも著名)。小納戸より小普請奉行,作事奉行,勘定奉行公事方を経て1840年(天保11)3月北町奉行となる。天保改革の株仲間解散に反対し,内命をうけながらしばらく握りつぶしていたため差控をうけたことがあり,老中水野忠邦や南町奉行の鳥居耀蔵とは親密でなかったようである。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

大辞林 第三版の解説

とおやまきんしろう【遠山金四郎】

?~1855) 江戸後期の幕臣。名は景元。金四郎は通称。左衛門尉とも。1840年江戸北町奉行、45年南町奉行。名奉行の評判高く、「遠山の金さん」の名で浪曲・講談に脚色される。

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

遠山金四郎
とおやまきんしろう

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

遠山金四郎の関連キーワード千種任子大原重度グロー安政五箇国条約函館港富士松加賀太夫大郷浩斎勝村蠖斎戸沢正胤富永漸斎

今日のキーワード

パラチオン、パラチオンメチル

パラチオンは無色で油状の液体、パラチオンメチルはコハク色の液体。ともに毒性が強く、有機リン系殺虫剤として使用された。50年代以降、稲の害虫被害を防ぐことが確認され、広く導入された。しかし、農民の中毒死...

続きを読む

コトバンク for iPhone

遠山金四郎の関連情報